常設展

更新日:平成28(2016)年4月12日(火曜日)

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2階(テーマ:飛ノ台貝塚)

市指定史跡である飛ノ台貝塚を紹介するコーナーです。
飛ノ台貝塚は、昭和初期に日本で最初に炉穴(ろあな、屋外の調理場)が、発見されたことでも有名な遺跡です。「7,000年前の土器群」「炉穴の模型」「合葬人骨」「竪穴住居」などが展示されています。

甦った7,000年前の土器

壁一面の土器はすべて飛ノ台貝塚から出土したもので、23個展示しています。尖(とが)った底から、平らな底へと変わっていく時期です。

7000年前の土器の展示

炉穴の模型

炉穴の使い方がわかる、模型です。住居の中に炉が作られる前は、このような調理場で、煮炊きをしたり、獣の肉や魚をつるして、くん製を作っていたと考えられています。

炉穴の模型

合葬人骨(レプリカ)

貝塚の下から、抱き合うような形で男女2体の人骨が発見されま した。専門家の鑑定によると兄と妹、あるいは夫婦、または恋人同士ではないかということです。死因については不明です。

合葬人骨(レプリカ)

竪穴住居

発掘された住居跡を基に復元しました。実物の90%の大きさです。この住居の特徴は角が丸く、長方形のような形をし、柱は6本くらいと考えられています。住居の中には、はっきりした炉はありません。

復元住居 

3階(テーマ:縄文時代の船橋

市内の縄文遺跡は、現在確認されているだけで、およそ100か所あります。そのほとんどは台地上にあることが多く、低地を臨む台地の先やヘリに多く見つかっています。
縄文人は湧き水を利用し、近くの海や川、林に行って食料を採り、住みやすいところに運んで暮らしていました。

主な縄文遺跡

飯山満東遺跡(はさまひがしいせき)

縄文時代前期 ※現在、芝山団地
土壙が200個あまりまとまって見つかり、墓地と考えられます。浅鉢と深鉢の土器、玉類が副葬されていました。

高根木戸遺跡(たかねきどいせき)

縄文時代中期 ※現在、高郷小学校
関東地方では初めて台地全体が発掘されて、縄文時代の集落全体の様子がわかりました。

海老ヶ作貝塚(えびがさくかいづか)

縄文時代中期 ※現在、大穴南の住宅街
大きな貝塚が台地上にあり、斜面にまで住居跡が広がっていました。貝塚の中には、ハマグリの貝がらがたくさん含まれていました。

古作貝塚(こさくかいづか)

縄文時代後期 ※現在、中山競馬場
貝輪入りの蓋付き土器が見つかりました。2つの土器の中に貝輪が合計51個も入っていました。この土器は、全国的にも非常に貴重な土器です。

西ヶ堀込遺跡(さいがほりこめいせき)

縄文時代後期 ※現在、田喜野井の住宅地
石棒などの多くの祈り、まつりの道具が発見されました。

 埋葬されていた1頭の犬

藤原観音堂貝塚(縄文時代後期)から発掘された、およそ4000~3000年前の犬の骨です。発掘調査から墓穴を掘って、埋められていることがわかりました。墓の上に貝がらの混じった土がかけてあったため、骨が残りました。人間と同じように埋葬されていたことから、愛犬の死を悼んだ縄文人の気持ちが伝わってきます。

海を渡ってきた石-黒曜石】

高根木戸遺跡から発掘された黒曜石の90%以上が、200キロメートルも離れた伊豆諸島にある神津島産のものでした。縄文時代にも、広域での交流が行われていたことがうかがえます。

貝と人々-貝の利用

縄文時代から現在まで私たちは海から貝を採り、食料としてきました。貝はいろいろな方法で利用されています。船橋やその周辺ではどのように貝を利用してきたのでしょうか。

貝がらを使った道(古代道)

印内台遺跡から見つかった古代の道路跡です。台地の一部を掘り込んだところに貝がらを何層にもわたり敷き固めたようです。海に近い船橋ならではの工夫です。

染料を出す貝

染料は主に草や木からとりますが、アカニシは染料を出す非常に珍しい貝です。アカニシのパープル腺からは少量の液が取れ、これを糸に染めて織物を作ることができます。

体験&さわれるコーナー

  • 黒曜石(原石)にさわってみよう
  • 7000年前の貝がらにさわってみよう
  • 市内出土の土器片にさわってみよう

この記事についてのお問い合わせ

飛ノ台史跡公園博物館

〒273-0021千葉県船橋市海神4-27-2

受付時間:午前9時から午後5時まで ※入館は午後4時30分まで 休業日:(月曜日)、(祝日) (休日)の翌日((土曜日) (日曜日) を除く。5月3日から5日は開館)、12月29日から1月3日まで

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