船橋市立
行田中学校
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校長室から
「木の芽が伸びるのは柔らかいから」
令和8年5月22日
「木の芽が伸びるのは柔らかいから」先日の集会で紹介した、相田みつをさんの言葉です。この言葉をもとに、このような話をしました。覚えていますか。新緑のまぶしいこの季節、ぐんぐんと木々の枝が伸び、あっという間に葉が生い茂っていきます。君たちの心は、この木の芽と同じように今が伸び盛り、どんなこともすぐに吸収して自分のものにしていくことができます。自分にとってプラスになることもそうではないことも・・・・・。このことについて、もう少し詳しく話をさせてください。
では、どのようにすればプラスになること、そうではないことを判断することができるのか。一つ言えることは、自分の目で見て、自分の耳で聞いた内容を素直に、謙虚に、誠実に受け止め、自分の中にある正義と照らし合わせることで、適切な判断ができるようになるのではないかと思います。誰かの言っていることや誰かの考えに頼るのではなく、自分自身の目、耳で確かめ、その上で、自分自身の考えをしっかりともつということ、それがプラスになること、そうではないことを判断するために必要な要件だと思います。
「木の芽が伸びるのはやわらかいから」
新緑のまぶしいこの時期、すくすくと伸び、生い茂る木々の若葉を見ながら、キミたちの心がどうか天に向かって真っすぐに真っすぐに伸びていきますように。毎年、そのようなことを願っています。
自制心をもつこと
令和8年5月15日
「口は災いのもと」とよく言いますが、時には知らず知らずのうちに、自分の言動により他人を傷つけてしまったりすることがあります。時々自分の言動を見直すことで、なるべくそのようなことが少なくなるよう努力したいものです。ましてや、わざと誰かを傷つけようと「悪口」を広めるなどということはしてはならないことです。しかし、人の「悪口」を言ってしまう人は、日常的に誰かの悪口を繰り返していることも多いのです。では、どうしてそのようなことになってしまうのか調べてみました。すると・・・
・自分に自信が無いので、人を下げて優位に立ちたい。・劣等感や不安から相手の評価を下げたい。
・面白い人と思われたいなどの承認欲求を満たしたい。・周囲の注目を自分に集めたい。
・ストレスや不満を悪口に変えることで、気持ちを軽くしたい。
そのような心理が無意識に働いているそうです。そして、悪口ばかり言う人は、次第に周囲から敬遠され、信用できない人と見られ、当然、周囲から孤立してしまうようになります。また、それに同調する人についても、周りに影響されやすく、自分の考えがない人なので、悪口を言う人と同じ結末を迎えることが多いそうです。知らず知らずのうちに・・・ということもあります。キミは大丈夫ですか。自分自身の精神状態や感情をコントロールする自制心をもつことが大切です。
スモールステップで
ゴールデンウイークも終わり、学校生活もいよいよこれからが本番です。この段階で、学校生活の基礎固めを意識して生活している人と、なんとなく流れに任せて生活している人とでは、これからは大きな差ができてしまいます。具体的には、今、自分がやらなければならないこと、やるべきことをしっかりと見据えて生活を送ることができているか否か。まだ遅くはありません。今からでも自分自身の足元をしっかりと見つめなおして、目的意識をもって学校生活を送れるようにしましょう。
さて、みなさん「スモールステップ」という言葉を聞いたことがありますか。大きな目標を達成しやすくするために、「今の自分でも少し頑張れば達成できる」くらいの小さなゴールを段階的に細かく決め、目標達成に向けて努力していく方法です。今月末には体育祭がありますよね。学年の目標、学級の目標、自身の目標達成するために、体育祭への取り組みに向けて「スモールステップ」を設定して努力してみてはどうでしょうか。目的意識をもって学校生活を送ることにもつながると思います。体育祭終了後、どのような学年、どのような学級、どのような一人一人に成長しているか楽しみにしています。
一人一人の心がけ次第
令和8年5月1日
明日から5連休。みなさん待ちに待ったゴールデンウイークです。始業式、入学式からここまで、自身の目標をもとに気を張って生活してきた人にとっては、ほっと一息つくことができる貴重な休日だと思います。人によっては、5日間全て休めるわけではないかもしれませんが、心と体をリフレッシュする時間も大切に過ごしてほしいと思います。
ところで、目標と言えば、「廊下、階段の歩き方(移動の仕方)」と「清掃時の黙働」この2点をゴールデンウイークまでに達成すべき目標として、みなさんに取り組んでもらいました。担任の先生や学年の先生方から話があったと思いますが、現状どうでしょうか。廊下や階段で大きな声で話をする、何人かで広がって歩く、走り回る、そのようなことはないでしょうか。清掃時の黙働は、始まりのチャイムから終わりのチャイムまでです。自分の清掃箇所が終わったからと言って、移動中に話をしたりしていないでしょうか。私が感じたところで点数をつけてみると100点満点中50点。半分ぐらいの人は意識できているように感じます。一人一人ここまでの生活を振り返り、ゴールデンウイーク明け、100点満点に近づくことができるよう、これまで以上に心がけてみてください。「慮る」
みなさん、「慮る」(「おもんぱかる」と読みます)という言葉を知っていますか。「気を配る」「思いやる」とか「考慮する」という言葉と似たような意味を持つ言葉なのですが、それらよりも、もう一歩踏み込んだ意味合いを持つ言葉です。「慮る」とは、相手や状況などを深く考え、その気持ちや事情を思いやることを指すだけではなく、 相手が置かれた立場や感情、背景を想像しながら「どうすれば相手がより良い状態になれるのか」案じた上で、「相手の心情や状況を思いやり、行動を起こす」というニュアンスを含んでいる言葉です。
身の回りの環境が変化し、誰もが多かれ少なかれあれこれと思い悩み、不安や迷いを抱えながら学校生活を送っている今日この頃だと思います。にぎやかな環境が好きな人も入れば、そこにはなかなかなじめない人もいます。自分から積極的に自分を出せる人もいれば、そうではない人も。どのクラス、どの学年もそのような状況にある今だからこそ、相手のことを慮ることができる一人一人であって欲しいと願います。
1週間が経ちました。
始業式、入学式を終え、それぞれの学年が学年日課による活動を始めて1週間が経ちました。順調に学校生活を送ることができているでしょうか。前回のこの紙面上でもお話ししましたが、焦らずに、まずはできることから一歩ずつです。背伸びをし過ぎず、等身大の自分で生活しましょう。
さて、ここ数日のみなさんを見ていて感じたこと。まずは1年生。制服を着ることにも少しずつ慣れてきて、加えて部活動への仮入部も始まるなど、多くの人が小学生との違いを実感している様子がうかがえます。 2年生。新入生歓迎会など、全体が集まる場で実際に1年生の姿を見ることで、「先輩になったのだな」と実感がわき、立ち居振る舞いにもその自覚が芽生えてきている人が多くいるように感じます。 3年生。昨日の進路集会での話を聞き、いよいよ他人ごとではなく、「自分ごととして考えなければいけない」と、これまでの自分自身の学校生活を省みる必要性を感じている人が増てきたように感じます。 この1週間同様、次の1週間もそれぞれの学年、どのような進歩が見られるか楽しみです。
年度の初め。今できることを・・・
感謝
令和7年度の学校生活も1年の締めくくりを迎えようとしています。キミたち一人ひとりにとって、この1年はどのような1年であったでしょうか。誰もが振り返ってみると、いいことばかりの1年ではなかったのではないかと思います。でも最近思うのです。どんなに最悪な出来事であったとしても、身の回りで起こる全ての出来事が、自分自身の成長につながっているのだと・・・。というのも、ひとたび身の回りで何かが起これば、その都度、新たな何かを感じたり、考えたり、時には新たな行動を起す、新たな人と出会うきっかけとなっていたのではないかと思うのです。改めて考えてみるとそのことを通して、自分自身が成長していっているのではないか・・・私自身の1年を振り返ると、そのように感じることが多いのです。そして、そのような自分自身を成長させるきっかけとなる出来事は、すべて人とのかかわりの中で起こっていることなのです。私の中でのかかわりで言えば、キミたちの活動を見たり、キミたちと行動を共にしたりと、キミたちとかかわる中で、また、キミたちを通してキミたちのご家族とかかわる中で、この年になっても自身の成長につながる出来事がたくさんありました。そして共に働く先生方とのかかわりの中でも多くの学びを得ました。おかげで、なりたい自分に少しずつ近づいているな。そう思える今日この頃です・・・。この1年を振り返り、そのように私自身を成長させてくれたであろう、様々な場面で私とかかわりを持ってくださった全ての方々に感謝したいと思います。令和7年度を振り返り、私は「感謝」この言葉でこの1年を締めくくろうと思います。
さて、キミたちはどうですか。自分自身を成長させてくれるであろう、人とのかかわりを大切にすることができた1年でしたか。 様々な人とのかかわりの中で、なりたい自分に近づくことができた1年でしたか。
新たなステップに向けて
わかっていたことではありますが、やはり3年生が卒業して、1・2年生だけとなってしまった今、学校全体になんとなく寂しさを感じてしまいますね。と同時に、1・2年生は2・3年生へと進級する実感が湧いてきたのではないでしょうか。特に2年生は、昨日の卒業生からのアドバイスを受けて、「来年の今頃は・・・」そのような思いを持った人も多いのではないでしょうか。進路選択もさることながら、部活動やひとつひとつの学校行事も「次」がないのです。自身の思うような結果、成果を得たいと思うのであれば、それ相応の努力と覚悟が必要となります。「心の準備」はできていますか。
1年生も「自分たちにはまだまだ時間がある」そう思って、今と同じ心構えで学校生活を送ることのないように。より良く自分自身を変えていきたい、自分自身のもつ可能性を一つでも多く発見したいと思うのであれば、次の1年間は自分探しの種をまく、とても大切な 時間となるはずです。 「まかぬ種は生えぬ」 普段から落ち着いた生活を心がけて、じっくり自分自身と向き合う時間を持てるよう心がけることが大切です。そのための「心の整理」はできていますか。
ところで「心の準備」や「心の整理」をするためには、学級や学年、学校全体が「心の準備」や「心の整理」ができる落ち着いた環境でなければなりません。そのような環境作りに必要なこと、それは集団としての質を高めていくこと。そのために、ここで一人ひとりに考えてほしいこと。それは、自分の身の回りの仲間関係は、集団としての質を高めることができる仲間関係であるかどうかということ。そして、自分自身は所属する集団の中で、どのような存在になっているかということ。
心のこもった歌声・・・集大成
叱られて・・・
みなさんは先生方から注意を受けたり、叱られたりした経験はありますか。「ある。」と答えた人。なぜ、注意を受けたのか、叱られたのか覚えていますか。その時どのような態度をとりましたか。どのような感情を持ちましたか。その後どのようにしていこうと考えましたか。何も考えずに「あ~あ!」そのような態度をとった人も少なからずいるのではないかと思います。
先生方もできれば注意をしたり、叱ったりということをせずに、みなさんと気持ちよく学校生活を送ることができれば、そう思っているのです。ですが、一人ひとりのこれからのことを考えたときに、このままではせっかく持っている良いところまでなくしてしまう、自分では気づかぬうちに周りの人に迷惑をかける存在になってしまうかもしれない、そのような心配から注意したり、叱ったりしてくれているのことが多いのです。より良い方向に自分自身を伸ばして欲しい、そのような思いからしていることなのです。もちろん一時の感情で注意したり、叱ったりしているのではなく、そこに至るまでにも気になるところがあってのことなのです。これだけたくさんの人がいる中で、自分という存在を注意深く見ていてくれている、つまりは大切に思ってくれているのだと考えれば、とてもありがたいことだと思いませんか。あとは、その思いを素直に聞き入れるかどうか、あなた自身の心持ち次第でその先の生き方が大きく変わってくるのだと思います。
さて、もう一度聞きなおしてみます。なぜ、注意を受けたのか、叱られたのか理解できますか。その時どのような態度をとるべきでしたか。どのような感情を持つべきでしたか。そして・・・今後どのようにしていこうと考えますか。
気付くことが大切
令和8年2月19日
この学校に着任して3年が経とうとしています。何も予定が入っていない限り、できるだけ朝と帰りに校門まで出て、皆さんと挨拶をするようにしています。毎日毎日挨拶を交わしながら一人ひとりを見ていると、ちょっとしたことに感心させられたり、これはどうかなと感じてしまうことがあったりするのです。たかが挨拶と考えがちですが、その日その時の体調や感情、友達との関係やその人の持つ人に対する姿勢などが手に取るようにうかがえるのです。「あれ、今日は少し元気がないな。体調がすぐれないのかな。」とか「表情が硬いな。何かあったのかな。」とか「珍しく元気に挨拶を返してくれたな。何かいいことあったのかな。」などなど・・・。こんなのもあります。「この人といる時は挨拶が返ってくるけど、この人といる時は返ってこないな。」
そして、毎年この季節になると目につくのは人に対する姿勢。寒さが厳しい中、ポケットに手を入れて登校してくる人が目立ちます。ただ、そのような状況の中で、ポケットに手を入れたまま挨拶をして通り過ぎる人と挨拶をする時にはポケットからスッと手を出して挨拶する人がいるのです。「挨拶するだけましだ。」とか「ポケットに手を入れて歩いていること自体、危険だしおかしいじゃないか。」そのような考えももちろんあるでしょう。しかし、人に対する姿勢という点ではどうでしょうか。瞬間的にポケットから手を出して挨拶をする人は、ポケットに手を入れたまま挨拶をすることは、失礼なことだという認識があるのです。誰かに教わったことなのでしょうか。それともその人の持つ感性なのでしょうか。ちょっとしたことなのだけれど、人に対する姿勢という点では感心させられます。何人かの仲間で一緒に登校、下校してくる中でも出す人、出さない人に分かれるのです。挨拶の仕方ひとつでも、その人の人間性が見えてくるものです。気付いていますか。
卒業へのカウントダウン
令和8年2月13日
1、2年生は後期期末テストが終わりました。このあと、3年生にとって中学校生活最後の試練ともいうべき17、18日の公立の学力検査が終わると、学校全体が卒業式に向けて一気に加速し始めます。1、2年生はお世話になった3年生へのはなむけの会として、3年生を送る会の準備を着々と進めていますが、それも最後の仕上げの段階にきていると思います。一人ひとりが精一杯の感謝と激励の想いを3年生に伝えることができるよう、あともう一息、頑張って欲しいと思います。
そのような中で、1、2年生のみなさんに覚えていて欲しいことがあります。それは、みなさんと一緒になって会の準備を進めてくれている学年の先生方は、きっとみなさんの1年後、2年後の姿、そう、送られる立場になったときのみなさんの姿を想像しながら、あれこれとアドバイスしてくれているのです。そこには、「後輩に心から頼りにされ、感謝される3年生になって欲しい」そのような願いもこめられているのです。そのような先生方の想いに応えるためにも、今、一人ひとりが3年生のためにできることを考え、精一杯取り組んで欲しいと思います。1年後、2年後の自分自身の姿に思いを馳せて。今の3年生もそうしてきたように・・・・・。そして3年生は「立つ鳥跡を濁さず」1、2年生の、そしてこれまでみなさんを見守ってくれた学年の先生方の想いに応えることができるよう、残りの学校生活を送って欲しいと思います。
周りが見えていますか
このごろ改めて感じること。早朝、明るくなり始めるのがずいぶん早くなりました。また夕方、5時には日が暮れて真っ暗だったのに、ずいぶん日が長くなったように感じます。ふと周りに目をやると、梅の花が咲き始めていたり、暖かな日差しが差し込んできたり・・・。今朝は、二羽の「めじろ」が仲良く木の枝で羽を休めていました。確実に季節は移り変わり始めていて、春の足音を感じられるようになってきています。みなさん気づいていましたか。ひょっとして気づかずにいたのは私だけでしょうか。
同じように、毎日目にしているものや、特に意識せずに過ごしているものごとに関しては、その変化に気づかず、「改めて見てみると」「言われてみれば」気付くことがよくあります。例えば学年やクラスの仲間については・・・。学校に行けば必ず会える、いつもそこにいる顔ぶれ。いつもと変わらぬ一人ひとり。そう感じているかもしれないけれど、でも、改めてよく見てみると、言われてみれば・・・「そういえば、あの人、夏休み前と比べると随分と落ち着いて見えるなぁ」「あいつ、冬休み明けから考え方や話し方、言葉の使い方が大人になっているような」「言われてみれば、みんな部活動や授業、真剣に打ち込んでいる姿が目立つようになってきたなぁ」どうでしょうか。気付かずにいるのは自分だけで、周りの仲間はどんどんと成長していて・・・あれ、ひょっとして相変わらずなのは自分だけ・・・。そんなことになっていませんか。
人は誰でも「よりよく成長したい」そういう気持ちを持っているものです。知らず知らずのうちに周りの仲間は努力を始めていた。改めて気が付くと自分だけが取り残されて・・・そのようなことにならないように。
初志貫徹
年が明けて1か月。 「初志貫徹」そのために、もう一度自分自身に気合をいれる。今がその時。ここが「あの時・・・」とならないように。
この時期だからこそ、改めて問うてみます
3年生諸君。朝の会を見ていると全員がしっかりと前を向き、先生方の話に真剣に耳を傾けている姿は大変美しい。人生の岐路とも言うべき受験(検)を控え、教室内に張り詰めた空気が感じられます。ところが、休み時間などを含めた学校生活全体での一人ひとりの姿はどうでしょうか。中には周りの仲間からも伝わる緊張感に堪えきれず、大声、奇声や馬鹿笑いなど、はめをはずしすぎたり、やるべきことが手につかなかったり・・・。今更そんなことで注意を受けている姿を1、2年生が見たらどのように感じるでしょうか。
2年生諸君。来年度、きみたちはこの行田中学校をどのような学校にしたいと考えているのでしょうか。最高学年として、今の3年生が引き継いできた伝統を更に発展させる、そのような思いを持って過ごしているでしょうか。具体的な話をすると、様々な行事を自分たちの力で更に充実したものに とか 部活動では更に上位の成績を とか。前回の話と重なりますが、主体性どころか自主性も感じられず、先生方の指示を受けなければ活動できない、ともすると 3年生が全体の前で注意を受ける、そのような姿を下級生に見せることをどれぐらいの人が情けないことであると感じているでしょうか。
1年生諸君。2か月後には先輩と呼ばれる存在になります。学校生活の細かなきまり、約束事など1年生に質問されてしっかりと答えることができますか。中学生ともなると大人の仲間入りをするようになります。社会一般的なマナーについても守れていますか。例えば、サイレントゾーン、職員室への入り方、廊下・教室での過ごし方、心のこもった挨拶・清掃・歌声などなど。1年生に「先輩、それ違ってませんか。おかしくないですか。」逆に注意されるのではないかと心配になる人、見当たりませんか。
3年生は最高学年と呼ばれるにふさわしい態度を下級生に示せる機会は、あと30日もありません。1、2年生、進級するための準備期間はもう始まっています。再度、自分や自分たちの言動を見直して、他人事ととらえずに自らの手で、自分たちに手で改善していってほしいと思います。
自主性と主体性
令和8年1月15日
学校生活にかかわる様々な場面で、「自主的に」とか「主体的に」という言葉を耳にすることが多くあると思います。「家庭学習に自主的に取り組む」「合唱祭の練習に主体的に取り組む」などなど・・・。「自主的」「主体的」似たような場面で使われることが多いので、みなさん特に区別することなく使っていませんか。「自主性」「主体性」どちらも自ら進んで行動を起こすことを意味しますが、二つの言葉には決定的な違いがあります。「自主性」とはある程度決められたことを誰からの指示がなくても率先して行うことを意味します。これに対して「主体性」とは自らの意志や判断に基づき、自らの責任のもとで行動することを意味します。決められたことや一度教えられたことに対して自ら進んで動くという「自主性」に対して、自分で目標・目的を設定し、課題解決に向けて責任をもって自ら進んで動くという「主体性」。二つにはこのような違いがあるのです。つまり「主体性」は「自主性」の更に上位の性質、行動と言うことができるのではないでしょうか。これは私がみなさんを見ていて感じていることですが、行田中生には「自主性」が身についている生徒は多くいるように感じます。ところが「主体性」となると・・・。言われたこと、指示されたことだけではなく、自ら考え判断して動く。行田中学校を更に活気に満ち溢れた学校へと発展させるためだけではなく、「いじめ」や「SNSを使った誹謗中傷」などを含めた学校生活の陰に潜む様々な課題も、この「主体性」が身についている皆さんであれば解消できるように思うのです。
