船橋市立
行田中学校
- 〒273-0044千葉県船橋市行田3-6-1
- 047-439-2118
校長室から
夏休みを前に・・・
令和8年7月15日
夏本番の暑さを感じる日が多くなってきました。行田公園にセミの鳴き声が響くようになり、そろそろ梅雨明けとなるのでしょうか。ここ数年、梅雨らしい梅雨の時期が無かったように記憶していますが、今年はじめじめとした梅雨空がずいぶんと続き、昨年と比べると気温もあまり高くはならなかったように感じます。そのような中、やっと夏空が広がり始め、今週末からは夏休みに入ります。気温と同様に、キミたちの気分も盛り上がり始めているのではないかと思いますが、各学年の学年集会であった反省や先生方からの話、夏休みのしおりの内容、このことについては個々にしっかりと受け止めて、大過なく夏休みを過ごして欲しいと思います。「大過なく」とは「大きな失敗やトラブルもなく、平穏無事に」ということです。ただ、この「平穏無事に」というのが簡単そうでなかなか難しい。特に行田中学校の場合、全校で893名の生徒がいるわけです。この893名が、大過なく45日間の今年の夏休みを過ごすことができるのだろうか。先生たちは夏休みを目前に、少しの安堵感と「平穏無事に」という願いとで、複雑な心境のまま毎年夏休みを迎えているのです。先生方の不安が現実のものとならないよう、893名全員が、その場の雰囲気や状況に流されることなく、自身の考えをもって正しい、正しくないを判断し、自分自身をしっかりとコントロールできる一人一人であって欲しいと願います。食への思い
令和8年7月10日
今日は本校の給食を話題にしたいと思います。正確に言うと給食の献立と、毎日各クラスに配られる「Lunch Times」についてです。毎月、給食のA、Bを選択するために献立表を目にすると思います。この献立表のA献立の欄と、B献立の欄の間にある「テーマ」という欄に気付いていますか。栄養教諭の青木先生は、毎日毎日の献立に「テーマ」をもっていて、その内容について「Lunch Times 」で詳しく紹介してくれているのです。これは、給食をただ食べておなかを満たすものだけではなく、キミたちに給食をとおして、食に関する知識も身に付けて欲しいという願いから考えてくださっているものなのです。年間をとおして1日ごと「テーマ」を決めて献立を作成するのはとても大変なことだと思いませんか。日本の伝統食や行事に合わせたものであったり、郷土食であったり、ワールドカップ開催前は対戦国の食べ物であったりと、その時々に合わせた「テーマ」をもとにした献立で、私自身、毎日とても勉強になっています。特に、この歳まで日本に住んでいて、和食や日本の年中行事について改めて知る内容もあり、「目からウロコが落ちる」思いです。同じものを食べるのでも、その食材や食べ方、起源やならわしを知った上で食べるのと、そうではないのとでは、食に対する思いが変わり、苦手な食材や献立に対しても少しぐらいは・・・という気持ちになれるのではないかと思います。毎日毎日、少しずつ食に関する知識や気づきが増えていくことにも感謝しながら、おいしい給食を味わって欲しいと思います。
大切な命を守るために 2
令和8年7月2日
前回に引き続き、災害や事件、事故などが発生した時の対応について話題にしたいと思います。先週、この紙面で震災を話題にした内容を配信したところ、その直後、震度4の地震がありました。ちょうど給食の時間だったと思います。「虫の知らせ」というわけではないと思うのですが、この際、気になっていることはキミたちに全て伝えようと思います。
先週の話の中で、学校で起こる災害や事件、事故について地震だけではなく、火災や不審者の侵入についても触れました。今日は不審者の学校への侵入について話題にしたいと思います。
休み時間に教室移動をしている際、刃物などを持った不審者と出会ってしまったとします。キミはどのような反応をするでしょうか。いきなり腕をつかまれ、つれて行かれそうになったら・・・。おそらく、「悲鳴をあげる」「大声を出して助けを呼ぶ」そのような反応をすると思います。もちろん先生方は侵入が無いよう、日常的に気をつけていますが、万が一そのようなことが起こってしまった場合、「悲鳴」や「大声」が先生方や周りの仲間に異常を知らせるサインとなるわけです。ところがです。最近のキミたちの休み時間や移動時の様子から「悲鳴」や「大声」が異常時のサインとなるでしょうか。以前から注意していますが、今の状態だと「また誰かふざけているな」で済まされてしまいかねません。集団で生活している空間で「必要以上の大声があがる」「悲鳴にも似た奇声があがる」これは異常なことなのです。自分だけではなく、仲間の命を守るためにも気を付けて欲しいものです。
大切な命を守るために
令和8年6月26日
昨日、青森県で震度6強の地震がありました。時間は朝の7時30分。昨日は雨だったので、校舎内で部活動の朝練習を行っていた人も多いのではないかと思います。もしもこの時間に、ここ千葉県で同じ規模の地震が発生していたら・・・。災害や事件、事故が起こるといつもそんなことを考えてしまいます。2011年3月11日に起こった東日本大震災、これも学校では午後の授業が行われているところでした。(卒業式前で、卒業式の練習を行っていた学校も多くありました。)地震だけではありません。つい先日は学校での火災がありました。それよりも以前には、不審者が学校へ侵入して暴れたりする事件もありました。それぞれにこの行田中学校で起こっていたとしたら。行田中学校は大規模校で、その生徒数は892名。先生たちは、何かあったらキミたち892名の命を一人残らず守るため、普段から想像力を働かせて、様々な状況を想定しながら有事に備えています。さて、キミたちはどうですか。例えば先日おこなった避難訓練。どのような気持ち、態度で参加しましたか。実際に他県や他の学校で起こっていることを想定しておこなっているのですが、絵空事のようにとらえている人はいませんか。先生たちは学校で災害などがあれば、一生懸命キミたちの命を守る行動をとります。キミたちは自分の命を守るため、一生懸命避難することを考えてください。そのための避難訓練、内容をしっかりと復習しておきましょう。また、「今この時、この場面で地震などが起きたらどのような行動をとるべきか」折に触れて考えておくことも、自身の身を守るためには大切なことだと思います。
最後の大会・コンクール・発表会に向けて
令和8年6月18日
体育祭、前期中間テストと、新年度が始まり息つく間もなく、時が過ぎていったように感じますが、今週に入り、各学年の様子を見ていると、少しずつ落ち着きを取り戻してきているように感じます。体育祭での取り組みやテスト期間をとおして、それぞれに様々なことを学び、自分自身と向き合い、自身の学校生活を省みながら日々、より良く成長しようと努力している人が多くいるからだと思います。
さて、ここからは夏休みに向かって一直線・・・ではなく、これまで部活動を続けてきた3年生にとっては集大成となる総合体育大会や最後の発表会、コンクールが控えています。ここに向かって、学校全体で雰囲気を盛り上げていって欲しいと思います。今月の26日には、大会やコンクール、発表会に参加する3年生を全校生徒で激励する「部活動壮行会」も予定されています。1・2年生や部活動に入っていない人たちには、最後の大会やコンクール、発表会に向けて先輩や仲間が集中して取り組むことができる雰囲気づくりをお願いします。部活動に参加している3年生には、これまでよりも更に集中して、真剣に練習に取り組んで欲しいと思います。ただし、最後の大会やコンクール、発表会で結果を出したいと思うのであれば、部活動の時だけ真剣に取り組んでも結果はついてきません。普段の学校生活から自身を律して行動すること。自分自身に対するその厳しさが、ここぞという場面で自分を支える自信につながるはずです。ここからが正念場。この先の生活態度が結果を大きく左右します。
「場に応じた声の大きさ」について
令和8年6月11日
今日は「場に応じた声の大きさ」について考えてみたいと思います。これまでも何度か話題にした内容ですが、教室や廊下など室内で出す声の大きさと、校庭、体育館などで活動しているときに出す声の大きさは区別する必要があります。ですが、この区別がつけられず、教室や廊下で遠くの人に声をかけるかのように、大きな声で話しをしてしまう人がいます。誰というわけではなく、校長室にいると毎日のように聞こえてきます。時には奇声のような声が聞こえてくることも・・・。なぜ必要以上に大きな声を出して話さなくてはならないのか。原因の一つとして考えられるのは、もしかすると聞こえが悪くなっているのかもしれないということ。みなさんの中にも、ブルートゥース機能のついたイヤホンやヘッドホンを頻繁に使用する人がいると思います。そのことによって、直接耳に入ってくる大きな音に慣れ過ぎて、小さな音では聞きとれない。自分が聞こえないのだから相手にも聞こえていないと思い、知らず知らずのうちに必要以上に大きな声になってしまっている。もう一つは幼児と同じ現象。自分の話を聞いて欲しくて、どこでも構わず大きな声で自分の話したいことを「聞いて、聞いて」と話が尽きるまで話してしまう。同じような人がその場にいると、お互い競い合うかのように声の大きさはエスカレートしていきます。この他にも考えられる原因はあると思うのですが、ほとんどの場合、自分が大きな声を出しているということに気づいていないのです。気が付いた人がその場で教えてあげられると良いのですが・・・。
水無月
令和8年6月4日
水無月(みなづき)とは旧暦の6月をさす和風月名です。みなさんも知っていると思います。6月と言えば一般的には梅雨入りをして雨がたくさん降る時期です。毎年6月11日ごろを「入梅」といって、梅雨に入る頃としています。それなのになぜ6月を「水が無い月」と表現したのか。実はこれ、「水が無い月」という意味ではないのだそうです。少し難しい話になりますが、「無」は「ない」ではなく、古語の連体助詞「な」で、これは現代語の「の」にあたるのです。ですから「水無月」は「水の月」という意味になるのです。旧暦の6月は田植えの時期で、稲作に重要な「田に水を引く月」ということで「水の月」、「水無月」という名前がついたそうです。稲作だけではなく、この時期の雨は植物、農作物、我々人間にとっても恵みの雨となることが多いのですが、どうも梅雨時ははっきりしない天気とじめじめした気候で、気分もどんよりしがちです。雨では外で体を動かすこともできず、体の中にたまったエネルギーをどう消費すればよいのか・・・・・このような時に人は、思いもよらぬ行動をしてしまいがちになるのです。その結果、ケガや物の破損、人間関係のトラブルなどが起こることも・・・・・。このあと控えている夏の総体、コンクール、楽しみにしているはずの夏休みなど、ここでの過ごし方がもとで思うようにいかなくなることもあります。この時期、お互いに気を付け合って、落ち着いて過ごせる環境づくりを。
青春謳歌
令和8年5月28日
青春謳歌 ~今、この一瞬を輝け~ 本年度の体育祭のスローガンです。この場合の「謳歌」という言葉は、”恵まれた境遇や幸せな状態を大いに楽しみ、喜びを味わう”ということを意味します。体育祭当日に至るまでには、学級や学年での取り組みを行う中で様々な苦労や努力があったことと思います。実行委員などの役割をもった人たちはなおさらのことだと思います。協力してもらえなかったり、 作戦の立て方がうまくいかなかったり、 話し合いがうまくいかず仲間と口論になってしまったりなど・・・ しかし、そのような紆余曲折をとおして、次第に仲間との絆も深まるものです。これも、この中学生時代にできる貴重な体験だと思います。ですから、この体育祭を単に「楽しむ」ということで終わらせるのではなく、これまであった様々な努力や苦労が報われたという「喜び」を味わうことができる機会となるよう、当日も懸命に取り組んで欲しいと思います。このスローガンのもつ深い意味である、勝敗を通り越した成就感、達成感をとおして感じることができる幸せを、心から味わうことができる1日となるよう努力してください。当日は、一人一人が様々な取り組み、競技、仲間とのかかわりをとおして1日を存分に謳歌してください。そして一人一人が、自ら輝きを放つ一瞬を感じ取ることができる1日となるよう願っています。
「木の芽が伸びるのは柔らかいから」
令和8年5月22日
「木の芽が伸びるのは柔らかいから」先日の集会で紹介した、相田みつをさんの言葉です。この言葉をもとに、このような話をしました。覚えていますか。新緑のまぶしいこの季節、ぐんぐんと木々の枝が伸び、あっという間に葉が生い茂っていきます。君たちの心は、この木の芽と同じように今が伸び盛り、どんなこともすぐに吸収して自分のものにしていくことができます。自分にとってプラスになることもそうではないことも・・・・・。このことについて、もう少し詳しく話をさせてください。
では、どのようにすればプラスになること、そうではないことを判断することができるのか。一つ言えることは、自分の目で見て、自分の耳で聞いた内容を素直に、謙虚に、誠実に受け止め、自分の中にある正義と照らし合わせることで、適切な判断ができるようになるのではないかと思います。誰かの言っていることや誰かの考えに頼るのではなく、自分自身の目、耳で確かめ、その上で、自分自身の考えをしっかりともつということ、それがプラスになること、そうではないことを判断するために必要な要件だと思います。
「木の芽が伸びるのはやわらかいから」
新緑のまぶしいこの時期、すくすくと伸び、生い茂る木々の若葉を見ながら、キミたちの心がどうか天に向かって真っすぐに真っすぐに伸びていきますように。毎年、そのようなことを願っています。
自制心をもつこと
令和8年5月15日
「口は災いのもと」とよく言いますが、時には知らず知らずのうちに、自分の言動により他人を傷つけてしまったりすることがあります。時々自分の言動を見直すことで、なるべくそのようなことが少なくなるよう努力したいものです。ましてや、わざと誰かを傷つけようと「悪口」を広めるなどということはしてはならないことです。しかし、人の「悪口」を言ってしまう人は、日常的に誰かの悪口を繰り返していることも多いのです。では、どうしてそのようなことになってしまうのか調べてみました。すると・・・
・自分に自信が無いので、人を下げて優位に立ちたい。・劣等感や不安から相手の評価を下げたい。
・面白い人と思われたいなどの承認欲求を満たしたい。・周囲の注目を自分に集めたい。
・ストレスや不満を悪口に変えることで、気持ちを軽くしたい。
そのような心理が無意識に働いているそうです。そして、悪口ばかり言う人は、次第に周囲から敬遠され、信用できない人と見られ、当然、周囲から孤立してしまうようになります。また、それに同調する人についても、周りに影響されやすく、自分の考えがない人なので、悪口を言う人と同じ結末を迎えることが多いそうです。知らず知らずのうちに・・・ということもあります。キミは大丈夫ですか。自分自身の精神状態や感情をコントロールする自制心をもつことが大切です。
スモールステップで
ゴールデンウイークも終わり、学校生活もいよいよこれからが本番です。この段階で、学校生活の基礎固めを意識して生活している人と、なんとなく流れに任せて生活している人とでは、これからは大きな差ができてしまいます。具体的には、今、自分がやらなければならないこと、やるべきことをしっかりと見据えて生活を送ることができているか否か。まだ遅くはありません。今からでも自分自身の足元をしっかりと見つめなおして、目的意識をもって学校生活を送れるようにしましょう。
さて、みなさん「スモールステップ」という言葉を聞いたことがありますか。大きな目標を達成しやすくするために、「今の自分でも少し頑張れば達成できる」くらいの小さなゴールを段階的に細かく決め、目標達成に向けて努力していく方法です。今月末には体育祭がありますよね。学年の目標、学級の目標、自身の目標達成するために、体育祭への取り組みに向けて「スモールステップ」を設定して努力してみてはどうでしょうか。目的意識をもって学校生活を送ることにもつながると思います。体育祭終了後、どのような学年、どのような学級、どのような一人一人に成長しているか楽しみにしています。
一人一人の心がけ次第
令和8年5月1日
明日から5連休。みなさん待ちに待ったゴールデンウイークです。始業式、入学式からここまで、自身の目標をもとに気を張って生活してきた人にとっては、ほっと一息つくことができる貴重な休日だと思います。人によっては、5日間全て休めるわけではないかもしれませんが、心と体をリフレッシュする時間も大切に過ごしてほしいと思います。
ところで、目標と言えば、「廊下、階段の歩き方(移動の仕方)」と「清掃時の黙働」この2点をゴールデンウイークまでに達成すべき目標として、みなさんに取り組んでもらいました。担任の先生や学年の先生方から話があったと思いますが、現状どうでしょうか。廊下や階段で大きな声で話をする、何人かで広がって歩く、走り回る、そのようなことはないでしょうか。清掃時の黙働は、始まりのチャイムから終わりのチャイムまでです。自分の清掃箇所が終わったからと言って、移動中に話をしたりしていないでしょうか。私が感じたところで点数をつけてみると100点満点中50点。半分ぐらいの人は意識できているように感じます。一人一人ここまでの生活を振り返り、ゴールデンウイーク明け、100点満点に近づくことができるよう、これまで以上に心がけてみてください。「慮る」
みなさん、「慮る」(「おもんぱかる」と読みます)という言葉を知っていますか。「気を配る」「思いやる」とか「考慮する」という言葉と似たような意味を持つ言葉なのですが、それらよりも、もう一歩踏み込んだ意味合いを持つ言葉です。「慮る」とは、相手や状況などを深く考え、その気持ちや事情を思いやることを指すだけではなく、 相手が置かれた立場や感情、背景を想像しながら「どうすれば相手がより良い状態になれるのか」案じた上で、「相手の心情や状況を思いやり、行動を起こす」というニュアンスを含んでいる言葉です。
身の回りの環境が変化し、誰もが多かれ少なかれあれこれと思い悩み、不安や迷いを抱えながら学校生活を送っている今日この頃だと思います。にぎやかな環境が好きな人も入れば、そこにはなかなかなじめない人もいます。自分から積極的に自分を出せる人もいれば、そうではない人も。どのクラス、どの学年もそのような状況にある今だからこそ、相手のことを慮ることができる一人一人であって欲しいと願います。
1週間が経ちました。
始業式、入学式を終え、それぞれの学年が学年日課による活動を始めて1週間が経ちました。順調に学校生活を送ることができているでしょうか。前回のこの紙面上でもお話ししましたが、焦らずに、まずはできることから一歩ずつです。背伸びをし過ぎず、等身大の自分で生活しましょう。
さて、ここ数日のみなさんを見ていて感じたこと。まずは1年生。制服を着ることにも少しずつ慣れてきて、加えて部活動への仮入部も始まるなど、多くの人が小学生との違いを実感している様子がうかがえます。 2年生。新入生歓迎会など、全体が集まる場で実際に1年生の姿を見ることで、「先輩になったのだな」と実感がわき、立ち居振る舞いにもその自覚が芽生えてきている人が多くいるように感じます。 3年生。昨日の進路集会での話を聞き、いよいよ他人ごとではなく、「自分ごととして考えなければいけない」と、これまでの自分自身の学校生活を省みる必要性を感じている人が増てきたように感じます。 この1週間同様、次の1週間もそれぞれの学年、どのような進歩が見られるか楽しみです。
年度の初め。今できることを・・・
感謝
令和7年度の学校生活も1年の締めくくりを迎えようとしています。キミたち一人ひとりにとって、この1年はどのような1年であったでしょうか。誰もが振り返ってみると、いいことばかりの1年ではなかったのではないかと思います。でも最近思うのです。どんなに最悪な出来事であったとしても、身の回りで起こる全ての出来事が、自分自身の成長につながっているのだと・・・。というのも、ひとたび身の回りで何かが起これば、その都度、新たな何かを感じたり、考えたり、時には新たな行動を起す、新たな人と出会うきっかけとなっていたのではないかと思うのです。改めて考えてみるとそのことを通して、自分自身が成長していっているのではないか・・・私自身の1年を振り返ると、そのように感じることが多いのです。そして、そのような自分自身を成長させるきっかけとなる出来事は、すべて人とのかかわりの中で起こっていることなのです。私の中でのかかわりで言えば、キミたちの活動を見たり、キミたちと行動を共にしたりと、キミたちとかかわる中で、また、キミたちを通してキミたちのご家族とかかわる中で、この年になっても自身の成長につながる出来事がたくさんありました。そして共に働く先生方とのかかわりの中でも多くの学びを得ました。おかげで、なりたい自分に少しずつ近づいているな。そう思える今日この頃です・・・。この1年を振り返り、そのように私自身を成長させてくれたであろう、様々な場面で私とかかわりを持ってくださった全ての方々に感謝したいと思います。令和7年度を振り返り、私は「感謝」この言葉でこの1年を締めくくろうと思います。
さて、キミたちはどうですか。自分自身を成長させてくれるであろう、人とのかかわりを大切にすることができた1年でしたか。 様々な人とのかかわりの中で、なりたい自分に近づくことができた1年でしたか。
新たなステップに向けて
わかっていたことではありますが、やはり3年生が卒業して、1・2年生だけとなってしまった今、学校全体になんとなく寂しさを感じてしまいますね。と同時に、1・2年生は2・3年生へと進級する実感が湧いてきたのではないでしょうか。特に2年生は、昨日の卒業生からのアドバイスを受けて、「来年の今頃は・・・」そのような思いを持った人も多いのではないでしょうか。進路選択もさることながら、部活動やひとつひとつの学校行事も「次」がないのです。自身の思うような結果、成果を得たいと思うのであれば、それ相応の努力と覚悟が必要となります。「心の準備」はできていますか。
1年生も「自分たちにはまだまだ時間がある」そう思って、今と同じ心構えで学校生活を送ることのないように。より良く自分自身を変えていきたい、自分自身のもつ可能性を一つでも多く発見したいと思うのであれば、次の1年間は自分探しの種をまく、とても大切な 時間となるはずです。 「まかぬ種は生えぬ」 普段から落ち着いた生活を心がけて、じっくり自分自身と向き合う時間を持てるよう心がけることが大切です。そのための「心の整理」はできていますか。
ところで「心の準備」や「心の整理」をするためには、学級や学年、学校全体が「心の準備」や「心の整理」ができる落ち着いた環境でなければなりません。そのような環境作りに必要なこと、それは集団としての質を高めていくこと。そのために、ここで一人ひとりに考えてほしいこと。それは、自分の身の回りの仲間関係は、集団としての質を高めることができる仲間関係であるかどうかということ。そして、自分自身は所属する集団の中で、どのような存在になっているかということ。
心のこもった歌声・・・集大成
叱られて・・・
みなさんは先生方から注意を受けたり、叱られたりした経験はありますか。「ある。」と答えた人。なぜ、注意を受けたのか、叱られたのか覚えていますか。その時どのような態度をとりましたか。どのような感情を持ちましたか。その後どのようにしていこうと考えましたか。何も考えずに「あ~あ!」そのような態度をとった人も少なからずいるのではないかと思います。
先生方もできれば注意をしたり、叱ったりということをせずに、みなさんと気持ちよく学校生活を送ることができれば、そう思っているのです。ですが、一人ひとりのこれからのことを考えたときに、このままではせっかく持っている良いところまでなくしてしまう、自分では気づかぬうちに周りの人に迷惑をかける存在になってしまうかもしれない、そのような心配から注意したり、叱ったりしてくれているのことが多いのです。より良い方向に自分自身を伸ばして欲しい、そのような思いからしていることなのです。もちろん一時の感情で注意したり、叱ったりしているのではなく、そこに至るまでにも気になるところがあってのことなのです。これだけたくさんの人がいる中で、自分という存在を注意深く見ていてくれている、つまりは大切に思ってくれているのだと考えれば、とてもありがたいことだと思いませんか。あとは、その思いを素直に聞き入れるかどうか、あなた自身の心持ち次第でその先の生き方が大きく変わってくるのだと思います。
さて、もう一度聞きなおしてみます。なぜ、注意を受けたのか、叱られたのか理解できますか。その時どのような態度をとるべきでしたか。どのような感情を持つべきでしたか。そして・・・今後どのようにしていこうと考えますか。
気付くことが大切
令和8年2月19日
この学校に着任して3年が経とうとしています。何も予定が入っていない限り、できるだけ朝と帰りに校門まで出て、皆さんと挨拶をするようにしています。毎日毎日挨拶を交わしながら一人ひとりを見ていると、ちょっとしたことに感心させられたり、これはどうかなと感じてしまうことがあったりするのです。たかが挨拶と考えがちですが、その日その時の体調や感情、友達との関係やその人の持つ人に対する姿勢などが手に取るようにうかがえるのです。「あれ、今日は少し元気がないな。体調がすぐれないのかな。」とか「表情が硬いな。何かあったのかな。」とか「珍しく元気に挨拶を返してくれたな。何かいいことあったのかな。」などなど・・・。こんなのもあります。「この人といる時は挨拶が返ってくるけど、この人といる時は返ってこないな。」
そして、毎年この季節になると目につくのは人に対する姿勢。寒さが厳しい中、ポケットに手を入れて登校してくる人が目立ちます。ただ、そのような状況の中で、ポケットに手を入れたまま挨拶をして通り過ぎる人と挨拶をする時にはポケットからスッと手を出して挨拶する人がいるのです。「挨拶するだけましだ。」とか「ポケットに手を入れて歩いていること自体、危険だしおかしいじゃないか。」そのような考えももちろんあるでしょう。しかし、人に対する姿勢という点ではどうでしょうか。瞬間的にポケットから手を出して挨拶をする人は、ポケットに手を入れたまま挨拶をすることは、失礼なことだという認識があるのです。誰かに教わったことなのでしょうか。それともその人の持つ感性なのでしょうか。ちょっとしたことなのだけれど、人に対する姿勢という点では感心させられます。何人かの仲間で一緒に登校、下校してくる中でも出す人、出さない人に分かれるのです。挨拶の仕方ひとつでも、その人の人間性が見えてくるものです。気付いていますか。
卒業へのカウントダウン
令和8年2月13日
1、2年生は後期期末テストが終わりました。このあと、3年生にとって中学校生活最後の試練ともいうべき17、18日の公立の学力検査が終わると、学校全体が卒業式に向けて一気に加速し始めます。1、2年生はお世話になった3年生へのはなむけの会として、3年生を送る会の準備を着々と進めていますが、それも最後の仕上げの段階にきていると思います。一人ひとりが精一杯の感謝と激励の想いを3年生に伝えることができるよう、あともう一息、頑張って欲しいと思います。
そのような中で、1、2年生のみなさんに覚えていて欲しいことがあります。それは、みなさんと一緒になって会の準備を進めてくれている学年の先生方は、きっとみなさんの1年後、2年後の姿、そう、送られる立場になったときのみなさんの姿を想像しながら、あれこれとアドバイスしてくれているのです。そこには、「後輩に心から頼りにされ、感謝される3年生になって欲しい」そのような願いもこめられているのです。そのような先生方の想いに応えるためにも、今、一人ひとりが3年生のためにできることを考え、精一杯取り組んで欲しいと思います。1年後、2年後の自分自身の姿に思いを馳せて。今の3年生もそうしてきたように・・・・・。そして3年生は「立つ鳥跡を濁さず」1、2年生の、そしてこれまでみなさんを見守ってくれた学年の先生方の想いに応えることができるよう、残りの学校生活を送って欲しいと思います。
周りが見えていますか
このごろ改めて感じること。早朝、明るくなり始めるのがずいぶん早くなりました。また夕方、5時には日が暮れて真っ暗だったのに、ずいぶん日が長くなったように感じます。ふと周りに目をやると、梅の花が咲き始めていたり、暖かな日差しが差し込んできたり・・・。今朝は、二羽の「めじろ」が仲良く木の枝で羽を休めていました。確実に季節は移り変わり始めていて、春の足音を感じられるようになってきています。みなさん気づいていましたか。ひょっとして気づかずにいたのは私だけでしょうか。
同じように、毎日目にしているものや、特に意識せずに過ごしているものごとに関しては、その変化に気づかず、「改めて見てみると」「言われてみれば」気付くことがよくあります。例えば学年やクラスの仲間については・・・。学校に行けば必ず会える、いつもそこにいる顔ぶれ。いつもと変わらぬ一人ひとり。そう感じているかもしれないけれど、でも、改めてよく見てみると、言われてみれば・・・「そういえば、あの人、夏休み前と比べると随分と落ち着いて見えるなぁ」「あいつ、冬休み明けから考え方や話し方、言葉の使い方が大人になっているような」「言われてみれば、みんな部活動や授業、真剣に打ち込んでいる姿が目立つようになってきたなぁ」どうでしょうか。気付かずにいるのは自分だけで、周りの仲間はどんどんと成長していて・・・あれ、ひょっとして相変わらずなのは自分だけ・・・。そんなことになっていませんか。
人は誰でも「よりよく成長したい」そういう気持ちを持っているものです。知らず知らずのうちに周りの仲間は努力を始めていた。改めて気が付くと自分だけが取り残されて・・・そのようなことにならないように。
初志貫徹
年が明けて1か月。 「初志貫徹」そのために、もう一度自分自身に気合をいれる。今がその時。ここが「あの時・・・」とならないように。
この時期だからこそ、改めて問うてみます
3年生諸君。朝の会を見ていると全員がしっかりと前を向き、先生方の話に真剣に耳を傾けている姿は大変美しい。人生の岐路とも言うべき受験(検)を控え、教室内に張り詰めた空気が感じられます。ところが、休み時間などを含めた学校生活全体での一人ひとりの姿はどうでしょうか。中には周りの仲間からも伝わる緊張感に堪えきれず、大声、奇声や馬鹿笑いなど、はめをはずしすぎたり、やるべきことが手につかなかったり・・・。今更そんなことで注意を受けている姿を1、2年生が見たらどのように感じるでしょうか。
2年生諸君。来年度、きみたちはこの行田中学校をどのような学校にしたいと考えているのでしょうか。最高学年として、今の3年生が引き継いできた伝統を更に発展させる、そのような思いを持って過ごしているでしょうか。具体的な話をすると、様々な行事を自分たちの力で更に充実したものに とか 部活動では更に上位の成績を とか。前回の話と重なりますが、主体性どころか自主性も感じられず、先生方の指示を受けなければ活動できない、ともすると 3年生が全体の前で注意を受ける、そのような姿を下級生に見せることをどれぐらいの人が情けないことであると感じているでしょうか。
1年生諸君。2か月後には先輩と呼ばれる存在になります。学校生活の細かなきまり、約束事など1年生に質問されてしっかりと答えることができますか。中学生ともなると大人の仲間入りをするようになります。社会一般的なマナーについても守れていますか。例えば、サイレントゾーン、職員室への入り方、廊下・教室での過ごし方、心のこもった挨拶・清掃・歌声などなど。1年生に「先輩、それ違ってませんか。おかしくないですか。」逆に注意されるのではないかと心配になる人、見当たりませんか。
3年生は最高学年と呼ばれるにふさわしい態度を下級生に示せる機会は、あと30日もありません。1、2年生、進級するための準備期間はもう始まっています。再度、自分や自分たちの言動を見直して、他人事ととらえずに自らの手で、自分たちに手で改善していってほしいと思います。
自主性と主体性
令和8年1月15日
学校生活にかかわる様々な場面で、「自主的に」とか「主体的に」という言葉を耳にすることが多くあると思います。「家庭学習に自主的に取り組む」「合唱祭の練習に主体的に取り組む」などなど・・・。「自主的」「主体的」似たような場面で使われることが多いので、みなさん特に区別することなく使っていませんか。「自主性」「主体性」どちらも自ら進んで行動を起こすことを意味しますが、二つの言葉には決定的な違いがあります。「自主性」とはある程度決められたことを誰からの指示がなくても率先して行うことを意味します。これに対して「主体性」とは自らの意志や判断に基づき、自らの責任のもとで行動することを意味します。決められたことや一度教えられたことに対して自ら進んで動くという「自主性」に対して、自分で目標・目的を設定し、課題解決に向けて責任をもって自ら進んで動くという「主体性」。二つにはこのような違いがあるのです。つまり「主体性」は「自主性」の更に上位の性質、行動と言うことができるのではないでしょうか。これは私がみなさんを見ていて感じていることですが、行田中生には「自主性」が身についている生徒は多くいるように感じます。ところが「主体性」となると・・・。言われたこと、指示されたことだけではなく、自ら考え判断して動く。行田中学校を更に活気に満ち溢れた学校へと発展させるためだけではなく、「いじめ」や「SNSを使った誹謗中傷」などを含めた学校生活の陰に潜む様々な課題も、この「主体性」が身についている皆さんであれば解消できるように思うのです。
