「平和の尊さを伝えたい」従軍の記録38

更新日:令和8(2026)年10月7日(水曜日)

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潜水艦による南方基地への輸送 丸山虎松(坪井町・76歳)

 本戦争体験記は当時三十才とき呂号第四十一潜水艦の電機長として乗組み、従軍したときのもので印象に残ったものをその都度書き留めて置き纏めたもの。紙数は多くなったが潜水艦を少しでも理解して貰える様に書いた。
 ポナペ島の東に位置するクサイ島陸軍守備部隊六〇〇名余への糧食弾薬二十四屯を搭載し、昭和十九年五月二十四日トラック島基地を出港してから今日で六日目、出港以来毎日朝は日の出前の五時頃に潜航し、夕方日没後に浮上して水上航走をし、主蓄電池の充電と高圧空気(二五〇kg/㎤)の補充をしながら幸い敵に遇うこともなく予定より一日早く二十九日の三時頃に目的のクサイ島に辿り着いた。日没を待つべく暫く島の周囲を潜航して夕方深さ二十五米の全没潜航から潜望鏡の使用出来る十三米まで浮上し四囲の状況を窺うS艦長の眼に映じたものは、真紅の夕陽に照し出され低空を飛行する敵哨戒機の姿だった。
 直ちに深さ二十五米を下令、再び全没潜航に入った。『タラワ・マキン』島からの敵制空権下にある同島は、やはり厳重に警戒されていたのである。『ラバウル』を基地に『ソロモン』群島への輸送に赴いた我が国の潜水艦が何隻も敵の飛行機に襲撃されては次々と沈没したことを考え、今自分達も同じ立場にあることを知らされ、何とかして一(いつ)ときも早く港内に入って荷物をおろしてしまいたい。六〇〇人余の陸軍が我が艦の入港するのを待っていることを思うとじっとして居られない様な焦燥にかられる。
 それから三、四十分も潜航を続けてから湾口に近づき一旦十三米まで浮上、周囲に警戒しながら『メインタンクブロー』が下令され、一挙に浮上、司令塔のハッチが開かれ艦長と哨戒員が艦橋に上り『高圧止め低圧に変え』の号令で『メインタンク』の『ブロー』も低圧ターボブロワーに切り換えられ、電動機航走の儘強速で湾口めがけて突走しった。
海は静かだと見え艦は小ゆるぎもしない。
 浮上後間もなく『水道を通る、航海当番配置につけ』の号令がかかり、暫くしてから『水道通過』の伝令の声が伝声管を通して聞こえ、やれやれやっと潜入出来た…とほっとする。
 水道(湾入口の狭い水路)通過後間もなく『カンカンカン』速力通信器がけたたましい音をたてながら微速を示したかと思うと、電機部下士官が操縦する暇もなく『カンカンカンカン』停止から急に後進強速を指示してきた。咄嵯に何かあったな?と思う瞬間『ガクッ』とした軽い衝撃を受けた。両舷の八〇〇馬力の主電動機が唸りを生じて回り船殻の外に『ゴーッ』と海水がスクリューに押し戻されて渦巻く音が聞こえる。両舷の速力通信器が停止を指示し主電動機を停止するや矢継早やに『二番メインタンクブロー用意』『二番メインタンクブロー用意良し』『二番メインタンクブロー』と命令と報告のやりとりが聞こえてくる。こうして『メインタンク』を重油タンクとして使用していた艦の前方に位置するタンクの重油を捨て再び電動機の後進強速で後退し、どうにか艦体に損傷を与えることも無く暗礁から離れることが出来、湾の中央と覚しきあたりに錨を入れた。
 間もなく艦内哨戒第三配備(三交代制)が令せられたので、主電動機とスクリュー軸の嚙合接手を脱し主機械との摩擦接手を入れ主機械を起動、主電動機を発電機として運転、蓄電池の充電を始めた。早朝からの長時間の潜航と入港時の電動機航走で四〇〇〇アンペアアワ以上放電しており、又高圧空気の補充もしておかなければならない。主機械の運転音と七〇馬力九〇〇回転の高圧コンプレッサーの音で機械室と電動機室は騒々しい限りだ。
 電機部下士官二名とコンプレッサーの運転員を残し揚搭作業の計画や如何にと士官室に行くべく機械室へ足を踏み入れるや赤ランプが明滅し警急通報器が鳴り響き『総員配置につけ』慌ただしい司令塔伝令の声が伝声管を伝って来た。さては揚搭開始かと急ぎ運転を停止潜航出来る状態とし、主機械排気弁の閉鎖するのを待って『総員配置良し』を司令塔に届けさせた。一刻も早く積荷を降ろし港外に出てしまいたいと願いながら、次の号令を待つ程もなく『潜航用意急げ』変だぞ?と考える暇もなく続けざまに『沈坐用意』の号令、不可解なうちに『用意良し』を届けさせると各区劃毎に準備出来たと思う二、三十秒後『ベント開け』ザーッと上甲板附近にメインタンクの空気の押し出される音がして艦は幾分前方へ傾きながら錨を入れたままで潜没した。『メインタンク金氏弁閉め』暫くして着底の軽い衝撃を感じた。敵機でも来たか何かあったのだな…敵に制空権も握られているのでちょっとの油断も許されない。暫くして艦内哨戒第三配備の号令がかかり、当直員の来るのを待って『電動機室第三配備良し』を伝令に報告させ機械室を通り機関科当直将校の番になっているI機械長に『願います』と挨拶してから発令所を通り士官室に入った。機械室や電動機室の灼ける様な熱さと異り冷房の効いた居住区は別天地の様だ。士官室にはいつも艦長が座るソファーに陸軍中佐が掛けており、傍らに陸軍中尉が一人、それを囲む様にS艦長、T機関長、Y水雷長が掛け、A航海長もS掌水雷長も立った儘で何かただ事でない不穏な空気が感じられる。シャツとも防暑服ともつかぬ色褪せた上衣に襟章だけは光っており乗馬ズボンに革の長靴、長い軍刀を腰にした二人の服装は物々しく、我々潜水艦乗員の縮のシャツに半ズボンの軽装でいる者には異様にさえ見えたが、髪も顔も奇麗に手入れが行き届いていて孤島の籠城兵とも見えない。
 彼等と艦長の話のやりとりを聞いて、もうどうにもならない最悪の事態に追い込まれたことを知った。それは我が艦が環礁の水道を通って湾内に入った直ぐ後ろから敵の駆逐艦らしい艦が三隻追いかけて来たので、この危急を知らせるべく警報弾を盛んに打ち上げたが我が艦が悠々浮上しているから気が気でなく、それを知らせる為に急ぎ乗艦して来たのだと云うことだった。
 敵に入港することをつきとめられたからには潜ってさえいれば艦砲射撃は免がれるとしても明日はタラワ・マキンからの空襲を覚悟しなければならない。深さ三十米そこそこの、こんな小さな湾内でおまけに坐礁したときに捨てた重油が二〇屯あまりも水面に浮いている。敵は物量にものをいわせて無茶苦茶に爆撃するだろう。淮士官以上集り鳩首協議みんな深刻な面持である。とにかく爆沈を免がれないことを前提に応急防水に万全をつくすより道はないと早速準備にとりかかった。
 先ず先任伍長を直接の指揮者として兵員室から各区劃へ大量の毛布が配られ、主機械の背部に積み込まれてあった丸太が三本、五本と運び出され各区劃に持ち込まれた。
 次に機密書類は後部兵員室の糧食庫から空になった米袋を持ち出し暗号書をはじめ軍機書類を全部詰め込み細いタール綱で厳重に縛ったものが数個出来上った。最後に人命の問題である。この期に臨んで誰も生きようなどと思う者はないが、苦心して運んだ糧食弾薬を陸揚げが出来ないことは残念だ。
 艦長は『もう絶体絶命というときには急速浮上するから一人でも多く脱出して生き延びる様に、今は飛行機の搭乗員でも艦(ふね)の乗員でも一人でも減らしたくないのだ。一人の乗員を養成するのにどれだけの年月が必要かを考えれば、徒らに艦と運命を共にするという考えは決して忠義にはならない。大事なこの戦争に少しでも生き延びて働いて貰いたい』と訓令された。一時間位後には明日への準備も心構えも出来上り、九時過ぎに夜食が出た。冷たいコーヒーシロップと缶詰の無花果である。いつもと異り冗談―つ出ず沈欝な空気が艦内に漂っていた。『畜生!歯を喰いしばってでも何とかしなければー』と決意する。
 それぞれ当直交代をしながら夜食を摂り十一時ちょっと前頃敵の様子を見ようと浮上することになり『総員配置につけ』の号令で配置につき、補助タンクの排水により艦は大きく一揺れして離底した。一旦十三米まで浮上し四囲の確認をしてからであろうか、少し間があって『メインタンク金氏弁開け』の号令に『〇〇番金氏弁全開』『〇〇番……』次々と司令塔に報告する聲が伝声管を通して聞こえてくる。『メインタンクブロー』『キューツ』と高圧空気がパイプを通る音がして司令塔が水面上に出た頃『司令塔ハッチ開け』『高圧止め低圧に変え』司令塔のハッチが開かれるとビューンと耳が痛くなり思わず『コクリ』と生唾をのむ。発令所下の補機室にある毎分四〇〇〇回転の低圧排水用ブロワーの『ヒューン』という音が聞こえ、いつもと同じ状態で浮上している。『ブロー止め』『艦内哨戒第三配備』意外な号令に敵は一体どうしたのだろうと考える『ピッピッピッ』自分を呼ぶ短三声の号笛に機械室を見ると機関長が手先信号で主蓄池の急速充電用意を指示している。右手を挙げ諒解を伝え兵員室へ『前部充電用意』(主蓄電池は九〇〇〇AH(2V)の電池が―二〇器直結されたもので、一群が兵員室の下に二群が士官室の下に設備されて居り各々の配電盤が兵員室と士官室にある)を指示『前部充電用意良し』の応答と主機械と主電動機のクラッチ操作の終るのを待って充電を開始、充電々流が片舷三、〇〇〇Aに設定すると今度は高圧コンプレッサーを運転し高圧空気の補充も始めた。主機械の大きな騒音に混ってコンプレッサーの『タンタンタンタン』と固い音、主電動機の通風機の『ゴオーッ』と云う音、時折コンプレッサーの疎水を抜く『ザーッ』という音、話すことは何も通じないので総(すべ)て手先信号だ。主電動機の界磁調整器をはじめ運転するものすべての発生する熱で室内温度はグングン上昇し作業する運転員も管制盤を操作する電機部下士官もみんな上気した顔や首すじから汗が吹き出し流れている。十二時までの機関科当直将校として立つべく機械室に行き機械長と交代し、いつ『潜航急げ』の号令があるか解らない緊張を感じながら機械室の前部に立った。司令塔を通り発令所から機械室との境のハッチを通り、機械に吸われて入ってくる空気は風というよりは空気の棒とでも言った方が良い位(くらい)後ろから強く体にぶつかってくる。暑い電動機室で汗に濡れているシャツがその強い風に押されてベッタリと冷たく背中に貼りつくが十八時間振りに外気に触れる気持は何ともいえない。当直に立って十五分もすると帽子を風で飛ばさない様に手で抑えながら防水区劃の丸い穴を潜って来た機械長が右手の二本の指を口に当て『煙草を喫って来い』の意志表示をしている。右手を軽く挙げて応答すると今度は私の耳に口をつけ大きな声で『敵の艦(ふね)が三隻出口に頑張っているそうだよ。』諒解したことをうなずいて見せ軽く挙手の礼で『願います』の意を伝え空気の激流に逆らいながら発令所へ出た。司令塔から強く流れ込む風の下で涼をとりながら四、五人の兵員がうまそうに煙草を喫いながら何か話し合っている。更に防水区劃の丸い穴を潜って士官室へ入って見ると先程まで居た陸軍士官は帰ったらしく又艦の士官室の人達も見えず艦長が一人ソファに掛けて手帳に眼を注いで居る。
 『艦長、敵艦が居るそうですね』と問うと、艦長はチラッと口辺に薄笑いを浮べながら『うん……電機長大体九〇%位まで充電するのにどの位かかるかね?』『はあ…急速充電でやっておりますから二時間半位でいけると思いますが!敵は大丈夫ですか?』『まあ大丈夫だろう!奴さん達からは見えないよ』艦長は低く呟く様に言いながら卓に肘をつき掌で鼻の下から顎(あご)を撫でておられる。『そうですか』私は卓の自分の抽斗(ひきだし)から桜(たばこ)を一個出すと直ぐ発令所に行き一本抜き出して火をつけた。ひと口ふた口と深呼吸と一緒に喫い込む。本当にうまい。くらくらと軽い眩量を感じる。喫う勢いも大したものだが吹き込む風で半分はひとりでに燃えてもいる様だ。二本目を抜き出し火をつけていると司令塔から鉄の猿梯子を降りて来た機関長が『やあ!いるわいるわ直ぐ其処に三隻頑張って居やがるわい』『機関長!駆逐艦ですか?』とたずねると『駆逐艦は一隻だが駆潜艇が二隻いるよ』と云いながら士官室へ入ってしまわれた。
 敵艦を見たいと思い急いで火をつけたばかりの煙草を二口三口喫うと煙草盆に捨て鉄梯子を昇って司令塔へ、更に艦橋への梯子を三、四段昇り、頭をハッチから出して外を見廻した。あたりは月の光で薄明るい。島は直ぐ手の届きそうなところにあって植物の繁茂しているらしい円い黒い影の様に見える大きな山が覆いかぶさっくる様に立っている。
 海は静かで風もなく『ビビビビ……』時折主機械の回転振動に同調して震える船体の響きと軽く太鼓でも打っている様な排気口から出る機械の排気の音しか聞こえない。艦橋へ首だけ出して見廻している私を哨戒員の一人が見つけ『電機長』と呼びながら島と反対側の方を指した。眼をその方へ向けたが沖の方の月明りに光る海面しか見えない。思い切って艦橋へ出た。なる程島を繋ぐ環礁が黒い線の様に見える外の港の出口と思われるあたりに頑具でも置いた様に小さな艦影が三つ見える。艦橋の一番前に立って艦尾の方を向いて哨戒中の水雷長に『水雷長!いますね』『電機長か!よく見えるだろう』そんなやりとりをし乍ら水雷長の双眼鏡を借り眼に当て海面を探すまでもなく直ぐ敵影を捕えた。やはり駆逐艦一隻に駆潜艇二隻。相当大きく見えるが特別何か動きの様なものは感じられない。『畜生!』と思ってもどうにもならない。向きを変えて島に双眼鏡を当てたが只真黒な壁を見て居る様で何も見えない。
 『有難うございました』双眼鏡を返しながら『こんなことして居て大丈夫ですか?』『なあに大丈夫だよ、アメリカ人なんか夜めくらだからね、日本人とちがって夜(よる)目は見えないんだよ、こっちからは月明りで敵の艦が良く見えるが奴等の方からはこんな暗い島の陰に入っている艦なんか見えはしないさ。』まったく水雷長の云う通り月を背にした島陰に隠れて明るく照し出された敵を見張っているのである。これが逆の立場だったらこんな大胆な真似は一分たりとも許されないであろう。何よりもこの際今日消費した蓄電池と高圧空気の補充をやっておける事が有難い。
 長居は禁物とソソクサと艦橋から指令塔へ。指令塔から発令所へと鉄梯子を辷る様にして降り、もう一本煙草に火をつけ今度はゆっくり味わってから機械室に戻った。
 再び機械長と交代し当直に立ったが、運転に携わる兵員達も夫々(それぞれ)交代で煙草を喫いながら、充電々流二時間卒の三、〇〇〇Aから四時間卒の一、七〇〇Aに、更に八時間卆の一、1〇〇Aに下げながら一時半近くに九〇%の充電を完了、総員配置につき再び三十米の海底に沈坐して艦内哨戒第三配備を令せられたのは二時近い頃だった。十二時の交代後一日分をと意気ごんで煙草を喫ったことはいうまでもない。
 蓄電池の充電と高圧空気の補充は完了したが、まだもう一つ大切な仕事が残っていた。それは長時間潜航に欠くことの出来ない艦内循環通風用の通風機二台の中(うち)右舷側の一台が音が悪くなり震動を伴い扇車側の軸受が過熱し今日は運転不能な状態になっている。今後如何なる事態になろうとも左舷の一台だけに頼っているわけにはゆかない。A特務下士官とT二等機関兵曹にこの通風機のボールベアリングの換装を命じ、自らも裸になって分解作業にかかった。
 浮上して主機械を運転しているときと異り外気の入らない室内は停止したばかりの機械の熱の為に灼熱地獄といゝたい位に暑い。通風機は主機械前方の過給気装置(主機械を高速運転するとき強制的に空気を機械に送り込む装置)の上にあり、主機械の通風筒や艦内通風管等の交錯したところにあって扇車囲いのビス一本、ナット一個を弛めるにも狭い隙間で手も器具も自由にならず、上を向いて仕事をしている首がすぐ痛くなり腕や身体が機械の熱で灼けたこれらの鉄板に触れるとたまらなく熱い。額や顔から吹き出す汗が眼や口に入り中々容易なことではない。三人交代で立っては休み、休んでは立ち全身クタクタになりながら一時間余りもかかって漸く扇車囲いを外し、扇車を抜き出し更にベアリングを抜き出した。予想通りベアリングがガタガタになっていたので予備品を換装復旧したが、分解したときよりは作業の手順も解り主機械も循環水により逐次冷却され、室内温度も幾分低下したせいかあまり時間もかゝらず割に楽だった。それでも汗止めに腰に巻いたタオルも褌もみんなグショグショに濡れ靴の中にまで汗が溜っていた。電源スイッチを入れ起動し通風弁を開いて試運転をしたところ電流計にも音も異常ないのでそのまま運転することにした。『やあ!ご苦労ご苦労』自然口をついて出る言葉に二人の下士官も『ご苦労様でした』と同じ言葉を返す。どんなに苦しい仕事でもその結果がうまくいってくれると誠に気持ちが良い。若い兵員が補機室のクーラーの疎水を一斗缶に溜めて持って来てくれてあったのを洗面器に汲み取り汗を拭き、予め準備しておいた禅と半ズボンをつけキャンパスの折椅子に腰かけた。機械室前部隔壁に取付けられた扇風機の風もはじめて肌に涼しく感じられる。
 冷蔵庫に入れて用意しておいたビールニ本をT兵曹に運ばせ折畳み椅子を運転台の前に出して壜の栓を抜いた。『おい別れの杯になるかも知れんぞ!』『そうですね』『もうあと何時間もないですね』運転台前の丸い時計が既に三時半を廻っている。熱い室内でふんだんに汗をかき、クタクタに疲れたあとの程よく冷えたビールの味は形容の言葉もない。『あーうまい』思わず一言出る。三人で交互に注ぎ合って二本の場は忽ち空になった。『電機長どうもご馳走様でした』『やあ!御苦労様、さあ寝(やす)んでくれ』T兵曹の壜やコップを片付ける音を背に発令所を通り士官室に入った。士官室には誰も起きている人もなく常夜灯一つ部屋の中央天井についているだけで、みんな寝台のカーテンを引いて寝んでいる様だ。艦長室も暗くなっている。室内には二台の扇風機がブーン、ブーンと交互に首を振りながら廻っている音だけで冷房の効いている室は中々涼しい。音をたてない様に気をつけながらチストからシャツを出して着け、さっぱりした気分になった。卓についた自分の抽斗(ひきだし)から十七年四月緒戦(ちよせん)の南方から舞鶴に帰港し五日間の休暇で新潟県の実家へ妻子を伴って帰省した際家族全部で撮った写真を出して暫く見つめる。両親も兄夫婦も妹も妻もみんな『しっかり頑張れ』『頑張って頂戴』と微笑みながら励ましている様だ。漸くヨチヨチ歩き出したばかりの兄の子も十日遅れて生れた我が子も無邪気な顔をしている。『さあ少しでもグッスリ寝んで敵襲に備えなければ』と懐中電灯を枕元に用意し、ベッドに入ってカーテンを引き昨日からのことを思いかえしているうちに、一日の疲れと心よいビールの酔いにいつしか深い眠りにさそわれた。
 枕元で何か音がした様な感じでハッとなって眠を醒ました。急いでベッドのカーテンを引き開けると蛍光灯と太陽灯の光が眼を射て眩しい。士官室はいやに静かだ。みんな何か仕事でもしていると見え誰も居らず、艦長が一人枕元のソファにかけ食卓に両肘をつき小さなノートの様なものを盛んにパラパラめくっては見て居られる。『艦長お早ようございます』艦長は私を見ると『電機長御苦労だったな!中々よく眠っていたね』微笑みながら話しかけられる。『今何時でしょうか?』『うん十一時を少し廻った頃かな、もう直き午(ひる)になるよ』全く良く眠ったのには我ながら驚く。みんな朝の食事をしたであろうに、それも知らずに寝ていた訳(わけ)だ。『敵は来ないですか』ベットから脱け出し靴を履きながら更に尋ねると『うん、ちょっと阿笑しいんだがね、天候でも悪くて来られないのかも知れんよ』まるで自宅を訪問する友人をでも待つ様に落ついておられる。『そうですか!そうかも知れませんね』そんな風に返事をしながら士官室と兵員室の主配電盤の充放電計を見ると一、二群とも四〇〇AH位しか放電していない。兵員室には昨晩の兵員がベッドに眠っている者、仰向けになって雑誌を読んでいる者、又食卓の上に紙の将棋板を置いて将棋をさしている者、平常(ふだん)と少しも変りない。これならどんな事態が起っても大丈夫と頼母しく思いながら士官室の隅の洗面台を倒し水を汲み、急ぎ洗面を済ませると機械室に行くべく発令所に出た。水雷長と潜航長が潜舵(せんだ)・横舵(おうだ)の杷柄(はんどる)の所に立ってツリム(艦の水中における前後左右の釣合)の事でも話していたらしい。挨拶を交しながら発令所を通り抜け機械室に行くと、機関長は折畳椅子にかけて雑誌を読んで居られる。『お早ようございます』『お早ようす、電機長御苦労さん。すっかり良くなったね』『はあ!お陰様で』話し合っていると主機械の背部から今迄兵員と何か調整でもしていたらしい機械長が右手に号笛をぶら下げ小鼻に汗のかいた顔をほころばせながら人一倍大きな声で『やあ!電機長ご苦労だったね』『お早ようす』労いに対して返す言葉もなく三人で『敵の攻撃がまだないがどうしたのだろうか?』ということについて、あれか、これかと種々憶測しながら二十分位も話し合っていると、小づくりの眼鏡をかけたS看護兵が入って来て『食事の用意宜し』敬礼をしながら届けていった。機械長を残し機関長とともに士官室に行ったが潜航長と航海長の他はみんな席について居る。袋に入った乾パンが配膳されておりバターが盛られて出ていた。あまり食欲もなかったがミルクコーヒーのお代りをして乾。ハンにバターをコッテリつけて五枚程食べ缶詰の桃二切を食べ終ると、読みさしの宮本武蔵を持って再び機械室に行き機械長と交代した。午後になっても何事もおこらず不安の中に海底で一日を過した。全く解せない。四時の交代を過ぎ、夕食を済ませ日が暮れる様な時間になっても遂に敵の空襲はなかった。夜になって九時過ぎミルクの入った粥の夜食を済ませてから十時過ぎに総員配置に着いて浮上した。主蓄電池の充電と高圧空気の補充を行いながら二十時間振りに外気を呼吸し、うまい煙草を喫ったことは勿論だが浮上して間もなく乗艦して来た昨夜の陸軍士官の話では『今日の夜明け前から昼過ぎまで大豪雨があり、島の泥水が湾内へ流れ出して湾内は真赤に濁り、昨夜艦で排出した重油はあと形もなくどこかへ流れ去ってしまった。敵艦は島の周囲をぐるぐる廻っていたが、夕暮れになってから又入口に頑張っている。』というのだ。矢張りそうだったのか!何のことはない一日生き伸びたというだけのことだ。みんなもう覚悟は出来ているのでどうこう思わないけれども、何とか早くけりをつけてしまいたいと急き立てられる様な気持になる。
 陸軍士官が状況を報(し)らせて帰り充電も補気も二時間程で終り、十二時過ぎてから又三十米の海底に沈坐した。明日こそはと思いながら。三日目のその日も又朝になり昼となっても何事も起らなかった。『畜生め、何時まで焦(じ)らすつもりだ!猫に鼠じゃあるまいし』と思うかたわら『ひょっとしたら助かるのでは?』という考えがひらめく様に頭をかすめるが、又一方で『いやいや又昨日の様に大時化にでもなっているのかも知れない。』張り切って敵襲を待った気持にも弛みが出はじめ更って精神的な疲れを覚える。遂にその日も夜となったが何の変化もなかった。夜になってから少し
早目に月の昇る九時過ぎ総員配置につき浮上し、大した放電量もないが充電と補気をはじめ、艦内哨戒第三配備となるのを待って、今日の敵状を聞くべく士官室に行ってみると昨日と同じ陸軍士官が来ており、彼等から意外な報告を聞いた。彼等の語るところでは『敵は昨日と同じ様に一日中島の周辺を遊弋(ゆうよく)していたが、日没前に島に近接し、島に対し一斉に砲撃をはじめた。「愈々はじまるぞー」と思いながら退避して暫くすると砲撃は止み、静かになったので退避壕を出て見ると三隻の敵艦は駆逐艦を先頭に縦列をつくり沖へ向って航走しており、暗くなる頃にはその姿を水平線の彼方に没し去った』というのである。
 まったく狐につまゝれた様な話である。我が身を疑う様な気持と、眼の前が明るくなる様な感じに捉われながら陸軍士官と艦長の会話に聞き入った。艦長もいろいろ当時の状況を聴いておられたが、『敵は我が艦が三十日に入港するという暗号を盗んで二十九日の夕刻に湾口に到着し、二十九日に既に入港していることを知らず、その後昨日と今日の二日間我が艦の入港するのを待っていたのではないか!その結果我が艦が敵艦の待伏せているのを知り、入港することを断念して逃げ去ったということで諦め、口惜しまぎれに島に対して砲撃を加えて去ったのであろう』艦長の話を聞いているうちに士官室に居合わせた誰の顔も活き活きと輝きはじめた。一日早く二十九日夜入港した後(うしろ)を敵艦が追いかけて来たかに見えたけれども、敵には我が艦が湾内にいることを知らなかったのである。艦長は航海長を呼び、『今敵の電波が入っているかな』航海長は昨年暮に候補生から任官したばかりのA少尉だ。どもりながら『はい盛んに電波を出しております。』『今の方角は?』『はあ!大体〇〇度の方角です。』暗くなってから一五節位で航海しているとしても我が艦からは五〇浬以上隔っていることになる。当時我が潜水艦には電波探信儀(レーダー)は設置しておらず、敵のレーダーの電波を捕捉して敵の方角、それに電波の感度によって大体の距離を知る電波探知機を設備していた。敵のレーダーの様に直接敵の所在を知ったり、攻撃に使用することは出来ないが、敵のレーダーで電波を出していれば我が艦はこれに対する探知機により丁度物陰にかくれて闇夜に提灯をつけて行く敵を見ている様なもので、今回は将に一〇〇%活用出来たと言って良いであろう。逆に敵からの電波は島に反射するだけで、我が艦を捕まえることが出来なかったのである。
陸軍士官が荷受けの準備の為に艦を去り、間もなく『総員配置につけ』が令せられた。二十時間振りに浮上しても煙草を喫うのも忘れていた。急ぎ電動機室に行き、充電と補気を止め直ちに『総員配置良し』を届けさせた。『揚搭用意』伝声管を伝って聞える伝令の声も明るく弾む様にきこえる。全員予め定められたとおり配置についた。『後部揚搭用意良し』を届けさせる。間もなく『上甲板ハッチ開け』の号令で出港以来初めて開く各区画の上甲板へ通じるハッチである。上甲板に出るハッチの下の脱出装置(二重のハッチになっており、その間に五人位入れる様になっている)に待機していた者が五、六人宛夫々上甲板に飛び出し、各区画毎に上甲板と艦内を繋ぐ千鳥型に向き合った乗組員の列が出来上った。
 前部兵員室、兵員室、士官室、後部兵員室の通路からベットの下にまでビッシリ敷き詰める様に積みこまれた糧食の木箱が『揚搭始め』の号令とともに『ヨイショ』『ヨイショ』活気に陰れた掛け声と共に艦内から鉄梯子を昇りハッチから上甲板へと送り出される。
 みんな一〇キロ以上の箱ばかりだが、次から次へと手を休める暇も腰を伸ばす余裕もない。『終り』『終り』……の声が奥の方から続き、最後の箱が『終り』のかけ声と共に上甲板に投げ揚げられた。電動機室の伝令に『後部揚搭終り』を艦橋に届けさせ上甲板に出た。
 二隻のダイハツと一隻の小さな運荷船が右舷に横付けされており、殆んどの箱が積みこまれ、後甲板に固縛されていた三十キロ入りの六トンの米袋も半ば兵員の手でダイハツに投げこまれていた。艦橋には艦長が一人立って総指揮をとり、あとは士官も兵員もなく全員で作業に従事した。海は油を流した様に静かで小波一つ立っていない。ダイハツや運荷船の陸軍が『有難うございました』と言いながら竿を我が艦に当てて突張り、艦から離れて行くのを見ながら上甲板に出ていた士官も兵員もみんな艦内に戻り、各区画の上甲板ハッチは再び固く閉ざされた。これでどうにか第一任務は果された。あとはうまく港湾を脱出しさえすればどうにでもなる。総員配置から第三配備となり再び蓄電池の充電と高圧空気の補充を始めてから発令所に行き煙草に火をつけた。安心と希望に煙草の味も格別だ。一服してから士官室に入って見ると陸軍士官が艦長にお礼の挨拶をして帰るところであった。卓の上にはお礼の印にと持って来てくれた青いモンキーバナナの五、六段もついた大きな房が置かれてあった。
 陸軍士官が帰ってから艦長は『これから此処を脱出する。出港は十一時』と言われ、各部に伝達された。錨の作業員が掌水雷長を先頭にして上甲板に出て行った。これで何とか助かると思うとあと二、三十分の時間が待ち遠しい。陸軍士官が去って暫くすると先任伍長が見なれない海軍の兵を連れて士官室に入って来た。『開戦前からこの島に居る海軍通信所の兵員で、全員で九名居るが糧食が届かず二月十一日の紀元節に米の飯を食べたっきりでそれ以来一粒の米も食べていない。米を少し恵んで頂きたい』と言うのだ。それにも拘わらず自分達も満足に食べていないのであろうに、おそらく乗って来た小舟に積めるだけ積んで来たのであろう。陸軍が持って来てくれた数倍ものバナナの外に、マンゴー、耶子の実、三、四個の西瓜まで持って来てくれた。艦長も眼をうるませて、『よしよし、しっかり頑張れよ!』先任伍長に命じカヌーに積めるだけの米と肉、魚の缶詰、それにトラック島基地で貰った内地からの慰問袋、更に煙草や雑誌も持たせて帰した。十一時近くなり電波探知機により敵の方角をはっきり掴み、愈々『航海当番配置につけ』天来の福音の様な号令が艦内に響き渡った。『錨揚げ』錨が海底を離れる軽い衝撃があったかと思うと電動機室の速力通信器が、『カン・カン・カン・カン』けたゝましい音と共に『右前進半速、左後進半速』電動機航走でゆっくり艦の向きを変えてから、左舷停止・両舷前進強速、一気に艦は水道を通り抜けた。救われないと覚悟した艦が、命が助かり、果せないと考えた任務が果たせ、港湾に潜入して三日目に再び太平洋に出ることが出来た。湾口を出ると直ちに主機械航走に変え第一戦速で敵の発する電波と反対方向に一先ずスタコラと逃避行。
 翌日からは又昼間は潜航、夜は水上航走と毎日変化のない航海を続け、クサイ島を脱出してから四日目に敵に占領されて日も浅い、タラワ、マキン基地の偵察を行ったが、其処には後日サイパン作戦に参加する為の敵艦艇のマストが林の様に見える程集結していた。これを直ぐ司令部に無線通報、数日を経ずして『サイパンに急行せよ』の作戦命令を受け、昼間の潜航をもどかしく思いながら北西へ針路をとり航海を続けたのであるが、紙面の都合もあり七月佐世保入港後兵装改造、レーダー搭載、十月モロタイ島東方海上に於ける敵機動部隊の迎撃、その後のレーテ作戦等々後日機会があれば記述することとし、この項を終ります。


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