「平和の尊さを伝えたい」従軍の記録06

更新日:令和8(2026)年8月15日(土曜日)

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敵中、お産の手伝い 伊藤信一(大穴北•68 歳)

 午前三時ごろ「隊長!!怪しい者が来ます」との歩哨(ほしょう)の警報に、仮眠中の隊員を屋外に展開させ、私は拳銃を手に畦道(あぜみち)に立ちふさがった。星一つない暗黒の山道を松明(たいまつ)先頭に、数名の黒い影が登って来る。十数米に迫った時「誰か!! 」裂帛(れっぱく)の気合を込めて私は「誰何(すいか)」した。松明は宙に飛んで、田圃の中に消え、―つの影が脱兎の如く逃げ去り、あとに老婆と妊婦が腰を抜かしたように跨っていた。昭和二十年五月の芷江(しこう)作戦中のことである。
 この作戦は、フィリッピン、ビルマの敗戦と、度重なる本土爆撃等の情勢の中で、重慶の玄関といわれ、米空軍基地である芷江(しこう)を占領し、重慶攻略の橋頭保にすると云う極めて無謀なもので、戦後、伊藤正徳氏の「帝国陸軍の最後」を始め幾多の戦記は、「ビルマ戦の再現、重傷者に自決の手榴弾、日本軍惨めな敗走」等々と評した。
 芷江前面は、二千米級の峻瞼雪峯山脈が立ち塞(ふさが)り、我が軍の持つ地図は、中国製の不正確甚だしいもので、加えて当時の制空権は完全に米中軍にあり、昼間行動を避けて森林に隠れている我が軍に、苛烈な銃撃と、ドラムカン投下による焼夷攻撃が執拗(しつよう)に行なわれた。
 私は、前々年の「常徳作戦」と前年の「南支の旅順戦」と云われた四十有余日の地獄の「衡陽(こうよう)攻略戦」とに連続して、感状を受けた栄光の歩兵第一三三連隊通信隊長として参加していた。

 連隊は、天瞼雪峰山中で、十数倍の敵と、米国機の執拗な攻撃に悩まされながら、芷江前面の最強抵抗線である天台界に進出した。しかし我が連隊の両翼兵団は、有力な敵に阻まれて五十キロも後方にあり、最左翼の関根支隊の独立大隊全滅の悲報も入って来る。まさに師団全滅の危機に直面していた。
 加川連隊長は、万一に備えて、軍旗奉焼のガソリンの準備を命じていた。第一大隊長負傷、第十一中隊長他中小隊長戦死の報告が相つぐうち、第三大隊との無線連絡が不通となり、私に有線電話の架設が下令された。直接第二分隊を指揮して出発したのは、夜の十時過ぎであった。
 彼我の銃砲声は熾烈を極めるなかで、敵のチエッコ製機関銃独特の音が、四方から聞こえて、敵味方の方向区別がつかない。敵にいつ遭遇するかも知れない。右手に拳銃を持ちつつ先頭を進む。何時間かたって、銃砲声も小康を得た頃、崖下に一軒家があった。早朝の架線の方が有効と判断して、この家で仮眠していたのである。
 さき程、松明を捨てて逃げたのは農夫らしく、昼間の戦闘を避けて、夜間我が家にもどって来たのであろう。恐れる老婆と妊婦を優しく家の奥へ入れてやった。老婆は身の安全と、嫁の出産の間近いことを訴えている。私はもどかしい会話で安心するよう伝え、兵隊には早い出発に備えて、ニ食分の炊飯をさせているときである。

 「オギャーオギャー」突然元気な産声である。それ!お湯だ、タライだ、ボロ布だ、と大騒ぎである。物蔭から老婆につぎつぎと渡してやる。老婆は「謝々(シェシェ)」と手を合せて喜んでいる。
 この激戦場の真直中で、今新しい生命が誕生したのである。何の罪もない中国農民の子供が生きようとしているのだ。「生と死」に直面した感動の一瞬であった。
 その時である。ようやく白みかけた朝諜をついて、崖の上で「タンタンタン タンタンタン」と例のチェコ銃声である。敵が真上に居るのだ。「よし、この銃を分捕るぞ」と兵三名をつれて、敵の背後である竹藪をそっと登って行く。軍刀も、銃剣も青白く光り、鬼気迫る瞬間である。
 ようやく崖上に手がとどき、そっと覗くとなんと、友軍が分捕銃で攻撃中ではないか。ほっとするやら、気が抜けるやらである。
 目指す大隊本部は、近くのくぼ地にあり、やっとのことで連隊長と大隊長との電話連絡に成功した。この時の大隊長の敵状報告が、方面軍司令部の「芷江作戦中止決定」の重要情報となった模様である。
撤退戦の惨状は又筆舌にはつくし得ないものであった。特に隣接の第一〇九連隊の壮絶さは、さながらビルマ敗退戦の再現と云っても過言ではなかろう。
 戦後すでに、四十有余年が過ぎた。幾多戦友の死は、年月の流れとともに、無情にも忘却されて行く。遠く祖国を離れた南中国の雪峰山中に、今なお白骨を晒(さら)す英霊を想うとき、唯々冥福を祈るのみである。
 あの敵中の一軒家で生まれた坊やも、今はすっかり立派な農民となり、あの家と田畑を守り、平和に生活していてくれるであろうと、信じ且つ願っているこの頃である。

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