お祝いメッセージ~80周年に寄せて~

更新日:平成29(2017)年8月30日(水曜日)

ページID:P052380

角野栄子さん(児童文学作家)

 角野栄子さん 角野さんサイン

MESSAGE

「船橋の海」

 戦争が厳しくなる前の数年、春は潮干狩り、夏は海水浴と、船橋に行くのが、我が家の定番になっていた。小岩に住んでいたから、船橋は一番近い海だった。駅を降りて、二つほど道を曲がると、砂どめのよしずが並んで、海はすぐそこにあった。潮干狩りの季節、海は砂と海水がひたひたの遠浅で、裸足の足をずずーっと潜り込ませるのが、妙に気持ちがよかった。しゃがみこんで、じっと動かずにいると、まわりに小さな穴がいくつも見えて来る。そこを目掛けて潮干狩り用の小さな熊手で搔き出すと、面白いほどアサリが採れる。手ぬぐいをぬって作った袋は、すぐずっしりと重くなり、「ほらこんなにとれたよ」と持ち上げては自慢しあった。あとは遊び。砂をよせて山を作ったり、広い穴をつくって、お風呂に入るようにぺちゃーんと座り込んだり。子供の目には海は果てしなく広く見えた。この広さに私はいつもうっとりとした。
 私の記憶では、昼ご飯を食べて、いっとき遊んだ頃、周りが急にざわざわと騒がしくなる。みんないっせいに腰をあげ、引き上げ始めるのだ。でもまだ遊びたい。ある時、親の呼び声を無視して、私ははるか遠くを眺めながら、伸ばした足にどろどろと砂をかけていた。すると、いつの間にか、砂は消え、水が増えて、お尻が見えなくなっている。しかもその水がどんどん高くなってくるのだ。慌てて立ち上がり、父の姿を探す。もうてっきり私は砂浜に上がったと思ったのか、父は背中をみせて、遠ざかっていく。私は泣き出した。水はずんずん増えてくるし、小さな足は思うように動かない。気が付いた父は急いで戻ってきて、わたしをひょいっと抱え上げた。その時の安心感。おとうさんは海より強いと思った。そのあとも潮干狩りに何度も行ったけど、私は父のそばから、絶対離れなかった。
 船橋文学賞の選考をさせていただいているので、一年に何度か、船橋の駅に降り立つ。その度に、駅周辺の変わりように驚かされる。海がない! 年月はいろいろなものを消していくけど、思い出はかえって光りを増してくる。

PROFILE

昭和10(1935)年生まれ。『魔女の宅急便』『小さなおばけ』シリーズなど、数多くの人気作品を発表し、児童文学賞を多数受賞。平成12(2000)年に紫綬褒章を、平成26(2014)年には旭日小綬章を受章した。また、10年以上にわたり船橋市文学賞の選者を務めている。

80周年TOPページに戻る>


<コンテンツ一覧>

お祝いメッセージ
ふなっしー角野栄子さんペナルティ吉木りささん奥華子さん森沢明夫さん
歴史を振り返る
写真で振り返る年表で振り返る
イベント
お知らせイベント情報
80周年記念誌
電子ブックを見る購入する