現代美術の最高峰で輝く 仲村 浩一さん
現代美術の巨匠の名を冠した「第28回岡本太郎現代芸術賞(TARO賞)」(令和7年2月)にて、最高賞の「岡本太郎賞」を受賞した仲村浩一さん(船橋市出身・在住)。応募総数579点の中から選ばれたのは、千葉の海岸線を歩き、採取した「砂」を用いて描いた壮大な作品でした。
船橋市立高郷小学校、七林中学校出身で、現在も市内を拠点に活動する若きアーティスト仲村さんに、創作の原点や生まれ育った船橋への想いなどを伺いました🎤

受賞作品は、千葉の海岸を歩き続けて生まれた大作
「岡本太郎賞」受賞作は、《房総半島勝景奇覧/千葉海岸線砂旅行》という2つの作品をセットにした大作で、元々は武蔵野美術大学在学時に卒業制作として手掛けた作品でした。
《千葉海岸線砂旅行》
砂のついたセロハンテープを貼り付けた画用紙、全160枚を横一列に並べた作品。銚子市から船橋市の三番瀬まで、千葉県内の海岸線を約4年かけて踏破し、10歩ごとに足元の砂をセロハンテープで採取するという地道な方法で制作されました。砂浜によって異なる砂の色が、一枚の大きなグラデーションとなって広がる圧巻の作品です。
《房総半島勝景奇覧》
海岸線を歩く過程で仲村さんが目にした千葉の景色、名産品、心に残った風景や出来事などを、アクリル絵の具で力強く描き込んだ作品。近代洋画の名作・青木繁《海の幸》を想起させるモチーフも盛り込まれており、千葉の風土と記憶が凝縮された一大パノラマとなっています。
《千葉海岸線砂旅行》
砂のついたセロハンテープを貼り付けた画用紙、全160枚を横一列に並べた作品。銚子市から船橋市の三番瀬まで、千葉県内の海岸線を約4年かけて踏破し、10歩ごとに足元の砂をセロハンテープで採取するという地道な方法で制作されました。砂浜によって異なる砂の色が、一枚の大きなグラデーションとなって広がる圧巻の作品です。
《房総半島勝景奇覧》
海岸線を歩く過程で仲村さんが目にした千葉の景色、名産品、心に残った風景や出来事などを、アクリル絵の具で力強く描き込んだ作品。近代洋画の名作・青木繁《海の幸》を想起させるモチーフも盛り込まれており、千葉の風土と記憶が凝縮された一大パノラマとなっています。

砂との出会い-三番瀬から始まった探求
――作品に砂を取り入れるようになったきっかけは?
美大受験のために通った「ふなばし美術学院」での恩師との出会いがきっかけです。3年間大変お世話になった恩師である大関先生が貝を集めており、よく海に採取に行くと話していました。先生の話に興味があったので、三番瀬海浜公園に行ったり、先生にお願いして一緒に海へ行かせていただいたことがあり、その際に砂を持ち帰って、絵に混ぜてみました。砂を絵に使うこと自体は、技法としては一般的ですが、市販の砂ではなく、自分で拾った砂を使った方が独自性が出ると思い、自分で集めることにしました。次に九十九里の砂を拾ったときに、三番瀬の砂と粒子の大きさや色が全く違うことに驚きました。
――4年間かけて海岸線を歩いたのは大変だったのでは?
それが全く辛くはなかったです(笑)砂の色が違うことが純粋に面白くて、「千葉の海岸を全部回ったらグラデーションが作れるのでは?」というシンプルな好奇心からスタートしたことなので、結果的に4年かかったという感じです。
――岡本太郎賞への出展を決めたのは?
卒業制作として提出したところ、大学で優秀賞をいただきました。そこで作品を見に来ていた学芸員の目に留まり、岡本太郎賞へ出してみては、と声をかけていただいたことで出展を決めました。審査員から「千葉という月並と言えばあまりに月並な主題を、4年を費やして踏破し、尋常ではない一大パノラマに仕立ててみせた」という評価をいただき、自分のやってきたことが正面から認められた気がしてとても嬉しかったです。
美術との出会い・これまでの歩み
“おもしろいものをやりたい” その一心で歩んできた道
――絵を描き始めたのはいつ頃ですか?
幼い頃に描いた絵を、母に褒めてもらったことが原点だと思います。絵を描くことは、子どもの頃から好きでしたが、中学まではずっと剣道に打ち込んでいました。
中学卒業後、佐倉高校へ進学し剣道を続けていたのですが、剣道部の厳しい環境に「このまま続けるのは難しいな」と感じるようになりました。ある意味、退部の口実として(笑)「美大に進みたいから美術部に入る」という形で方向転換しました。
中学卒業後、佐倉高校へ進学し剣道を続けていたのですが、剣道部の厳しい環境に「このまま続けるのは難しいな」と感じるようになりました。ある意味、退部の口実として(笑)「美大に進みたいから美術部に入る」という形で方向転換しました。
――人生を大きく変える選択だと思いますが、不安はなかったのですか?
昔から「おもしろいものをやりたい」ということが、自分の原動力にあります。これは、一般的ではない生き方をしたい、ということでもあります。美術は、他の人と違うことをした方が面白いと思ってもらえる、そこが自分の生き方ともマッチしたのだと思います。高校生の頃から通った「ふなばし美術学院」での5年間で絵の奥深さと面白さに本格的にのめり込んでいったという感じです。うまく描けず悩んだこともありましたが、そういう時は船橋漁港まで行って海を眺めていましたね。
――船橋漁港といえば、直売所「三番瀬みなとや」の外壁ペイントに携わっていたのですよね
令和2年3月に「ふなばし美術学院」の仲間とOBでペイントしました。自分と先輩とで責任者を務め、店の正面に青い波と白い波しぶき、右側面には波間にシャチや富士山、左のコンテナには波間に揺れる黄色の潜水艦を描きました。「船橋の海にはシャチはいない」と突っ込まれたりもしましたが、「三番瀬みなとや」がテレビや雑誌で取り上げられているのを見るたびに、「建物に彩を与えられた、明るい印象になって良かった」とうれしく感じています。仲間たちと汗を流した外壁ペイントは、今でも大切な思い出です。

岡本太郎の二つの作品をモチーフにした「船橋大阪2025」
令和8年2月18日から3月8日まで岡本太郎記念館で開催された「第28回 太郎賞受賞者特別展示」では、仲村さんにとって特に印象深い岡本太郎の二つの作品をモチーフにした「船橋大阪2025」を制作。
大阪と船橋を岡本太郎作品で繋ぐ
――「船橋大阪2025」について教えてください
昨年、大阪で万博が開催されたこともあり、万博を描きたいと思い、「万博記念公園」にある岡本太郎の代表作「太陽の塔」と、地元の「ふなばしアンデルセン公園」に設置されている「平和を呼ぶ」像の二つをモチーフにした絵画にしました。アンデルセン公園は幼い頃から遊びに行っていた馴染みある場所なのですが、「平和を呼ぶ」像が岡本太郎の作品だと知ったのは、美大を志すようになってからでした。まさか身近に岡本太郎作品があったとは驚きでしたね(笑)

モットーは“キモく 楽しく 美しく”
千葉を“外から”見つめなおす
――今後の目標を教えてください
岡本太郎賞の受賞作は、千葉を内側から表現しましたが、次は「県外から見た千葉」をテーマにしようと思っています。人の移動や交流の歴史に着目して、たとえば和歌山で誕生した醤油の製法が江戸時代に銚子へ伝わり、ヤマサ醬油が生まれたーといった繋がりを描いていきたいです。

――最後に地元の皆さんへメッセージをお願いします
モットーは“キモく 楽しく 美しく”。自分が生まれ育った地元の風景や歴史を大切にしながら、これからも「おもしろいもの」を作り続けていきたいと思っています。船橋を拠点に制作に励んでいますので、応援していただけたらうれしいです!
プロフィール
生年月日:1999年6月12日
出身校:船橋市立高郷小学校-船橋市立七林中学校-千葉県立佐倉高等学校
-武蔵野美術大学造形学部(2024年卒業)-東京藝術大学大学院(在学中、2027年3月卒業予定)
主な受賞歴:第28回岡本太郎現代芸術賞(岡本太郎賞)
第99回国展(国画賞)


