超Mr.ジェッツ 西村 文男選手
2025-26シーズン限りでの現役引退を表明している「超Mr.ジェッツ」西村文男選手。
2009年に日立サンロッカーズ(現:サンロッカーズ渋谷)へ加入しプロバスケットボール選手としてのキャリアをスタート。2014-15シーズンに千葉ジェッツへ加入し、12年間、華麗なドリブルと的確なアシスト、ここぞという場面で決める3Pで幾度となくチームを救い、ジェッツの一時代を築き上げてきました。
ラストシーズンを迎えた西村選手が、12月某日、船橋市役所を訪問し、松戸 徹市長とのスペシャル対談が実現✨これまでのキャリアを振り返るとともに、引退という節目を前にした現在の思いや、ホームタウンである船橋市への思いなどをお話いただきました🎤

引退を決断した現在の思い
現在の率直な気持ちを教えてください
まだ引退するという実感がないのですが、12年間千葉ジェッツでプレーして、やり切ったという気持ちはあります。最後のシーズンでタイトルを獲得して、かっこよく選手人生を終えたいと思っています。

バスケットボール人生を振り返って
バスケットボールを始めたきっかけ
小学校1年生のときに、バスケットボール部が練習している様子を見て、興味本位でのぞいていたら、監督に「シュート打ってみるか?」と声をかけられました。シュートが決まったときは、楽しくて面白くてうれしくて、その日の夜、親に「バスケットボール部に入りたい!」と話したことを覚えています。
当時はまだ1年生だったので、コート上の練習には参加させてもらえませんでしたが、上級生が練習をしている横で、ドリブルやパスなど、スラムダンクの主人公がやっているような基礎練習をずっとしていましたね。
当時はまだ1年生だったので、コート上の練習には参加させてもらえませんでしたが、上級生が練習をしている横で、ドリブルやパスなど、スラムダンクの主人公がやっているような基礎練習をずっとしていましたね。
プロを目指したのはいつからですか?
実は、初めからプロを目指していたわけではないんです。ファッションに興味があったので、アパレル業界に行きたいと、大学3年生のときには就活もしていました。そのタイミングで親に相談したところ「ここまでバスケットボールに打ち込んできたのだから、プロの道に進んでみては?」と背中を押されました。また、タイトルも獲れていなかったこともあり、バスケットボールを続けたい、という気持ちもあったので、プロを目指すことにしました。
2014年にジェッツへ加入した経緯を教えてください
当時、千葉ジェッツ社長だった島田 慎二さん(現:日本バスケットボール協会会長、Bリーグチェアマン)と、船橋にある某日本料理店で熱い話を交わして(笑)迷わず「来年は千葉ジェッツに行きます!」と話をしたことを覚えています。
西村選手が加入した年に、ジェッツはチーム初の勝ち越しでシーズンを終えて、そこから常勝軍団へと進化しました。どのように感じていましたか?
島田さんが土台を作ってくれて、環境を整えてくれた中で、チームが結果を出し続けられたことは良かったと思っています。リーグとしての規模感やレベルも上がっている中で、正直、付いていくのに必死だった面もあります。
2016年に富樫 勇樹選手が加入し、同ポジションで共闘することになりますが、西村選手の中で変わったことはありますか?
僕が2番手で出させてもらっていたので、勇樹がやっていることとは違うことがやりたい、と思っていました。勇樹は個人で打破できる力がありましたが、僕は勇樹ほどの力はなかったので、周りの選手を活かす、よりチームで戦うことを意識したプレースタイルに変わっていきました。周りの方からも「文男が流れを変えたね」などと言ってもらうことも多く、自分に与えられた役割は果たせてきたのかな、と思っています。チームがどうしたら強くなるか、誰よりも考えてきたつもりです。
ホームコートへの思い
長い間ホームコートだった船橋アリーナで印象に残っていることはありますか?
練習でも通っていたこともあり、船橋アリーナにはたくさんの思い出があります。接戦となった試合や大事なタイミングで、観客からの熱い応援でアリーナが揺れる感じをよく覚えています。あの瞬間は、コートに立っている僕らも鳥肌が立つほど興奮しましたし、あの感覚は一生忘れないと思います。
2024年よりホームアリーナとなったLaLa arena TOKYO-BAYも毎試合ブースターで埋め尽くされています。どのように感じていますか?
ジェッツに加入した当初は、ここまでの応援は予想していなかったので、嬉しいと同時にびっくりしている部分もあります。
LaLa arena TOKYO-BAYは4階席までありますが、僕は高い所が苦手なので“あの席は怖いだろうな”と思って見ています(笑)
LaLa arena TOKYO-BAYは4階席までありますが、僕は高い所が苦手なので“あの席は怖いだろうな”と思って見ています(笑)

ホームタウンである船橋市との関わり
ジェッツは地域とのつながりを大切にしてくれていますよね
ジェッツに加入した当初は、チームが参加する地域イベントの多さにびっくりしたこともありました。僕は人と話すことが好きですし、人との関りをもつことが楽しいので、地域に密着しているジェッツはとても良いチームだと思っています。
船橋アリーナがある北習志野周辺は、地元商店街がジェッツ一色となるなど、まち全体で盛り上げています。北習志野周辺での思い出はありますか?
加入した年に商店街であったおまつりに参加して、サイン会をしたことを覚えています。近くにあった布団屋さんを控室としてお借りしたと思います。イベントでは、地域の人たちから「がんばってね」とたくさん声をかけていただいて、初めての経験だったので新鮮でした。
ラストシーズンへの思い
今シーズンの目標を教えてください
これまでたくさんのタイトルを獲得してきましたが、リーグ優勝は1回だけです。
毎年、市長からも「ぜひパレードを」と言ってもらっているので、今年こそはと思っています。いつも以上に勝ちにこだわって、一つひとつの試合を大事にしながらやっていきたいです。パレードの後に胴上げをしてもらいたいので、その時は市長にも入っていただきたいです(笑)
毎年、市長からも「ぜひパレードを」と言ってもらっているので、今年こそはと思っています。いつも以上に勝ちにこだわって、一つひとつの試合を大事にしながらやっていきたいです。パレードの後に胴上げをしてもらいたいので、その時は市長にも入っていただきたいです(笑)

残りのシーズンをどのように過ごしたいですか?
まずは、けがなく引退試合まで駆け抜けたいです。多くのみなさんにアリーナへ足を運んでいただき、僕の選手としての最後の雄姿を見てもらいたいです。
引退後の目標や夢はありますか?
ここまでお世話になってきたバスケットボールには、どのような形でも関わっていきたいな、とは考えています。
やりたいことは多いタイプなので、さまざまなことにチャレンジしていきたいです。
僕は島田さんを尊敬し、目標にしているので、チェアマンを目指しているということではないのですが、将来的には島田さんのような経営者になれたらな、という夢はあります。
やりたいことは多いタイプなので、さまざまなことにチャレンジしていきたいです。
僕は島田さんを尊敬し、目標にしているので、チェアマンを目指しているということではないのですが、将来的には島田さんのような経営者になれたらな、という夢はあります。
市民の皆さんへのメッセージ
ぜひアリーナに来ていただき、選手としての西村文男を応援してもらいたいです!
引退後も船橋市と深く関わりながら、一緒にバスケットボールを盛り上げていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします!
引退後も船橋市と深く関わりながら、一緒にバスケットボールを盛り上げていきたいと思いますので、引き続きよろしくお願いします!

プロフィール

生年月日:1986年9月24日
身長体重:177cm 72kg
ポジション:PG(ポイントガード)
【経歴】
三重県鈴鹿市出身
鈴鹿市立創徳中学校-北陸高等学校-東海大学
2009年(大学4年) 第25回ユニバーシアード競技大会日本代表に選出
2009年 日立サンロッカーズ(現:サンロッカーズ渋谷)加入
2009年 東アジア競技大会日本代表に選出
2014年 千葉ジェッツ加入
在籍12年目
身長体重:177cm 72kg
ポジション:PG(ポイントガード)
【経歴】
三重県鈴鹿市出身
鈴鹿市立創徳中学校-北陸高等学校-東海大学
2009年(大学4年) 第25回ユニバーシアード競技大会日本代表に選出
2009年 日立サンロッカーズ(現:サンロッカーズ渋谷)加入
2009年 東アジア競技大会日本代表に選出
2014年 千葉ジェッツ加入
在籍12年目
【受賞歴】
JBL 2009-10ルーキー・オブ・ザ・イヤー
2018年 天皇杯ベスト5
JBL 2009-10ルーキー・オブ・ザ・イヤー
2018年 天皇杯ベスト5
市長対談の様子をふなばしCITYNEWSで放送しています!
※画像をクリックするとYouTubeに移行します
(動画の視聴開始時刻は令和8年1月1日(祝日)13:00からとなります)



