【子ども記者通信】すごいぞ!南極観測船「しらせ」(大穴北小学校 飴谷 舜平さん)
南極観測船を知っていますか?日本の南極観測船は「宗谷」「ふじ」、初代「しらせ」についで、現在、2代目「しらせ」が日本と南極の昭和基地を毎年往復しています。昭和基地とは、気象・天体・地球科学・生物学の観測を行う日本の基地です。実は、現役を引退した3代目南極観測船の初代「しらせ」が船橋港に係留され、一般公開されているので、僕は夏休みを利用して見学に行ってきました。
南極観測船は、例年11月に物資と自衛隊員を乗せて日本を出港します。次にオーストラリアの港で食糧などを追加し、南極観測隊員を乗せ、給油をしたら南極へ向けて出発します。オーストラリアと南極大陸の間には、沢山の難所があります。風が強く海が荒れている暴風圏では、大きく船が傾き、その角度は40度以上になることもあります。
暴風圏を抜けると、次の難所は流氷や氷山がたくさん流れている海氷域です。なぜ難所かというと、海氷が船にあたってしまうと、船がダメージを受け、速力が落ちてしまうので、海氷の隙間を狙って進まなければならないからです。海氷が見えている部分は、全体のほんの一部なので、避けながら進むのは大変です。
昭和基地が近づいてくると、分厚い氷が沢山あるのでさらに進むのが大変ですが、南極観測船「しらせ」は、船の重さを使い、氷に乗り上げて氷を砕きながら進むことができます。このことから「しらせ」は、海上自衛隊で砕氷艦と呼ばれています。しかし、氷が厚さ1.5メートル以上になると、連続的に進むことができません。なので、船をいったん後退させ、助走をつけてから全速前進し、体当たりして氷を砕きます。このことを「ラミング」といいます(初代「しらせ」が現役だった時代はチャージングと呼ばれていました) 。ラミングを繰り返して少しずつ前進し、「しらせ」は昭和基地に到着します。
昭和基地で2~3カ月程度過ごすと、「しらせ」は越冬隊を昭和基地に残して出港します。帰る途中も、南極大陸周辺の海の調査などをします。そして、再びオーストラリアを経由し、日本へ戻ってきます。この航海は、日本を出港してから約5カ月間というとても長い期間をかけて行われています。
船橋港にある初代「しらせ」は、現役だった1983(昭和58)年~2008(平成20)年にかけて、日本と南極との間を25往復しました。引退後は、一時スクラップになることが決定しましたが、気象情報会社ウェザーニューズが「環境のシンボル」として活用することを提案し、2010(平成22)年5月2日から船橋港で一般公開が開始されました。
今回僕は、ガイドさんが船内を案内してくださるコースに参加して、初代「しらせ」を見学してきました。南極観測船は、日本を出港すると約5カ月間帰れないので、船内には理髪室があり、医務室には手術や歯科治療ができる設備もありました。大きな食堂や乗員の寝室も見せてもらえました。ガイドさんのお話によると、食堂ではお正月に近づくとおせち料理を作ったり、もちつきをしておもちを食べたりすることもあるそうです。また、毎月9がつく日にはお肉を食べるなど、船の中では食事が大きな楽しみになっているとのことでした。また、船内には南極に関するものが展示されており、南極の氷を触る体験もできました。ガイドさんは元海上自衛隊の方で、中には南極へ行った方もいるそうです。
ガイドさんの説明は、とても分かりやすく、僕は楽しく見学が出来ました。みなさんもぜひ船橋港へ、初代「しらせ」を見に行ってみてください。
(令和6年8月23日投稿)
(初代「しらせ」と僕)
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