第2回船橋市美術館運営等検討委員会会議録

更新日:平成26(2014)年9月10日(水曜日)

ページID:P029804

1 開催日時

平成25年10月1日
午後3時00分~

2 開催場所

西部公民館2階音楽室

3 出席者

(1)委員

  • 前川委員長
  • 大澤委員
  • 山田委員
  • 島津委員
  • 柴田委員
  • 倉本委員
  • 谷口委員

(2)事務局

  • 武藤文化課長
  • 仲臺文化課長補佐
  • 安原文化振興係長
  • 鎌田主事

4 欠席者

  • なし

5 議題及び公開・非公開の別並びに非公開の場合にあっては、その理由

議題

  1. 吉澤野球博物館資料及び美術品について

公開

6 傍聴者数(全部を非公開で行う会議の場合を除く)

なし

7 決定事項

第3回船橋市美術館運営等検討委員会の日程

8 議事

 前川委員長
第2回船橋市美術館運営等検討委員会を開催する。本日は吉澤野球記念博物館についてのことを中心に審議を行う。第1回に欠席された、市民代表の谷口委員から一言。

谷口委員
私は市民代表として委員会に入っているが、以前は関西地方に住んでいて、船橋に移り18年になる。船橋は便利で良いところだが、歴史や文化、伝統に対する市民意識が少し希薄なのではという気がしていた。しかし市の議員の方々や市民の方々と話をする中で、そうではないということが徐々にわかってきた。美術館ができることで、船橋における歴史・伝統・文化・文化活動に対する印象や市民意識もより良く変わってくると期待している。

前川委員長
では議題に入る前に事務局から。

事務局
配布資料について説明する。第1回目の資料内で触れた「平成12年の提言書の提出」、「平成16年の基本構想」についての資料、文化課が管理している野外彫刻の一覧を今回添付した。委員会のスケジュールについて、清川記念館の詳細な説明を次回に、吉澤野球博物館の視察を10月1日に、アンデルセン公園の子ども美術館視察を追加した。

前川委員長
では議題に入る。

1.吉澤野球博物館資料及び美術品について 

前川委員長
吉澤野球博物館の視察をしての意見・感想について。美術館の検討委員会としては非常に議論しにくいが、「野球資料の活用方法」「美術作品の活用方法」「施設・土地・建物の活用方法」、以上3点で話を進めていきたい。では、まず先程視察した野球資料についての意見・感想から。

谷口委員
素晴らしい美術館・博物館である。野球資料について、私自身興味はないが、展示内容や雰囲気、野球の歴史や現状など、圧倒され感動した。しかし市が野球の展示を求めているのか、市民が求めているのか、今後どのように活かせるのかわからない。美術展示室については、ルノワールや梅原龍三郎の名前だけでも人を呼べるのではないかと思う。

倉本委員
野球資料については希少価値の有無や内容の云々はわからないが、非常に面白かった。野球は女性でもなんとなく楽しさや雰囲気がわかる。昔から続いている物事の自分達が知らない側面を見せられると、興味のあるなしに係らず見せつけられる楽しさはあった。

柴田委員
野球資料の活用については、中学生等の子供を対象として考えれば可能と思う。中学生ならばどこの学校にも野球をしている子供がいて、資料に出てくる人々も彼らと同じような気持ちで野球をやっていたと思うので、その部分をきちんとつないだ形で見せることができれば面白いと思う。しかし広く見れば、本当は別の場所にあった方が良い資料だと思う。野球は国民的スポーツとして広く愛されているが、野球ファンの中にはこの施設を知らない人もいっぱい居ると思う。インターネット等を使ってもっと広報し、できるだけその辺りの層に対する認知度を上げていく。そのような活用方法ができれば面白いと感じた。

大澤委員
美術館計画として考えるとき、野球資料と美術品は分けて考えるべき。野球資料は我々にとって親しみやすい分野であるし、文化という面からも異質ではないが、保管方法・展示方法についても美術品と区別したほうが、見に来る人の立場から言ってもよろしい。

山田委員
野球のことにさほど詳しいわけではないが、年代からある程度見聞きしていることもあり非常に面白かった。その理由として一つ言えることは、収集の対象が非常にピンポイントでマニアックだということである。当時、特に人々が話題にしラジオで聴いていた、大変人気のあったという早慶戦や6大学野球、その部分をピンポイントで展示している。ただ、あの資料からは実際に野球をプレイしている姿や野球をしているときの気持ちなどを想像したり、読み取ることは難しい。では何が面白いのかというと、非常にマニアックで、ピンポイントな収集品・収集の仕方・それに対する態度だと思う。更に、これだけ特定の部分に限られた収集物であるにもかかわらず、どこかそれらをとりまく歴史や社会背景といった周りの様子と係りを持ってしまっている。出征する誰かに対する寄せ書きがあり、その中で黒丸印がついている人は皆戦死してしまった人だとか、当時のテレビやラジオの展示があり、こういうものが放送の中心にあったのだなとか、マニアックでピンポイントな収集から少し普遍的なものが見えるという意味で、まさに特定のジャンルを取り扱った大変意義の深い博物館なのではないかと感じた。資料の活用という面から言えば、あれを別の場所移転し、別の展開をするよりも、あの場所であのまま見せるのが良い。あの資料群の魅力は、特定のものへの強いこだわりから生まれたものであり、その何かへのこだわりをもってあれだけのものを集めてしまうということ自体を展示する・見せるということがあのコレクションにとって一番良いのではないか。ただし同じような展示にするとしても、もっと資料を傷めない工夫や、複製品に置き換えるなど、いくつかの事柄についてはもっと改良を加えなければならないと思うが、できるだけあの形のまま見せるのが良い。あのようなちょっと変った企てそのものを見せるということであれば、それは広い意味で美術に属するものと言っても良いかもしれないと思う。

島津委員
野球の資料としての価値は私には言えないが、野球に全く知識のない私でも楽しめた。非常にマニアックな収集ではありつつも、であるがゆえにほかの観点というものにも開けている。資料全体にたくさんの引き出しがあり、野球以外の観点からも興味に従って楽しみを引き出せる、そういう側面があるコレクションだと感じた。例えば、昭和前期のデザインという観点からみても面白い絵葉書、大会の案内のはがきがあった。山田さんがおっしゃったご意見に非常に賛成をしたい。あの塊としてあるからこそ成立する多面的な側面も、資料をばらばらにしてしまうと全く変わってしまうのではないかと思う。あれは、ああいうものとして活用できれば面白いのではないか。さらにあの資料を使って、何かを付け加えることによる、いくつかの企画の母体にすらなりそうな想像もできる。当初「吉澤野球資料保存館」という名前で設立したという意図にも合うものと思うが、あれら資料を保存して、保存展示という形でうまく見せていくのが良いのではないか。先ほどの代表理事の方の話では、資料を船橋市に移すのか、それともまた別のところに移すのか、その辺りがまだ定まっていないように聞こえた。もしそうであるならば、そこから検討していかなければいけないのか。

事務局
まだ明らかになっていない。土地・建物・収蔵物すべてを含む寄付の申し出であり、野球資料についての活用が難しいのではという懸念とは別に、市の窓口となっているところで「ご寄贈いただけるのであれば全てを市でお引き受けします」という口頭での回答をしている。博物館側としての「活かす道が一番だ」というような考えが、今日の言葉につながったと思われる。

前川委員長
「面白い・良い資料」という意見がほとんどだが、美術館の運営検討の中にどう盛り込んでいくかとなると非常に難しい。美術とは少しかけ離して考えた方が良いのではという考えもあれば、何か付け加えることによって活用できるのではという考えもあった。私も同意見だが、それが果たして美術館の中で使えるかどうかという問題がある。もし美術館として一括管理していくとすれば、どういう使い方をしていくのかということも考えておかないと、美術館の中で完全に死蔵されていく可能性が高い。どなたかアイデアなり考えがあればどうぞ。

島津委員
塊としての魅力があるので、美術館に組み込んでいくという形をとる場合、収蔵展示という形であれを解体する方向には考えない方が良い。美術館の何とか記念室とか、誰それコーナーのように、美術館本体と少し切り離した形で、特殊な展示を常設しているような所があるが、船橋市が引き受ける場合には、そのようなイメージになるかと思う。所蔵資料3万余点の台帳を作成中という話だが、市として管理する場合、そこが一番のネックになると思う。そこがきちんとした上での寄贈でないと、寄贈を受けた後でそれらを整理していくことには非常に大きな問題が生じる。その辺りをどうするのかということは、活用云々と並行して事前に考えておくべき。

倉本委員
一つ一つの資料は活用次第で財産には成り得る。しかし清川記念館とこちらとの関係など、美術館という括りで別々に考えていくと非常にまとまりが無くなる。市として文化施設をどう捉え、どう運営し、どういう価値を与えるのかをはっきりさせないと難しい。一部分ごとに議論していくと、色々なものを見たときに「いる・いらない」という議論になる。しかしそれらはすべて活用次第では文化的財産になり得るし、県外・市外でアピールできるものになり得る。それを活かす・活かさないは運営次第。

大澤委員
美術館という名前で野球資料を展示することになると、見に来る人にとって相当な違和感がある。一つの建物の中に押し込めることには無理がある。あの野球の展示物が市民と全然関係ない、というのもおかしくはないか。

山田委員
野球の資料が美術館の資料にならないことは容易に理解でき、それはまさにそうである。あの資料を美術館の扱う資料やコレクションにするのは、よほど無理なことを一生懸命考えない限り不可能である。先程私も価値があるものではないだろうかという趣旨で話をしたが、それは美術館の資料としてというよりも、もう少し広い、文化史的な一つの集成として捉えての話である。船橋市がそれをまるごと価値のある一個の資料として何かの形で見せるとなれば、結局建物と一緒にあのまま見せるということになると思う。そのことと美術館の話というのはどうやっても一緒にはならない。恐らくそれはまた別の話ということになる。先程私が話したときは、あれらが既に何らかの形で市のものになるということが決まっているという理解だったので、もしそれを取得することが未確定であるならば、最終的にもっと相応しいところに落ち着くべきかと思う。ただ建物のみを市が受け入れるということであれば、当然資料は別のところに、というのが自然な考えではないか。

谷口委員
船橋市は昔からスポーツの振興が盛んであり、スポーツを大々的にとりあげているので、野球と船橋市が全く関係ないということではなく、何か生かせる道、スポーツ振興課であるとか、ほかの機関であるとか。ただ美術館の中で運営すると非常に煩わしく、色々な雑音が入ってきそうな気がする。

前川委員長
意見をまとめると、資料は面白いが美術館には馴染まないというところかと思う。しかしそれ以上に私が一番心配なことは、台帳を「今」作っているということ。このような寄贈の話というのは、もらってから数えたら3万点もなかったとか、大体そういう話になってくる。県内の某市のように、もらってから全部一点一点調べたら最初に受け入れるときの点数よりも大幅に少なかったという話もある。公的な機関がもらうとなれば、正確に2万何千何点という最後の数字まできっちりと押さえた上でもらわなければ、財産に係ることなので大変なことになる。3万点の整理ともなると大変な仕事になるが、博物館側にすべて任せる手もあるが、それだけでは確証がとれないだろうから、市もかかわってきっちりと整理された目録を作ることが非常に大事。それから、資料としては非常に面白いが、美術館としてはどうなのかという意見が出ているので、市として活用の方法があるのかを検討するべきである。委員の皆さんに何かアドバイスでもしていただければありがたい。前回、船橋は文化よりスポーツが先だったという話があった。そういう意味ではこの資料は非常におもしろいと思うが、そういうシンボル、象徴になるような使い方はできないか。

事務局
船橋市がスポーツ健康都市宣言を昭和58年にして、今年で30周年になる。そういう意味では、スポーツが先行して文化はこれからというところではある。

柴田委員
あそこの年間の入館者数は大体どのくらいか。どの程度の利用があるのか。今現在どのくらいの世代の利用があるのか。

事務局
具体的には聞いていない。理事長の考えとして、多くの利用者がなくても良いというような方針で今までやってきたということは伺っている。

谷口委員
では何のために作ったんだという話になるが。

事務局
本当に個人のコレクションで始まったこと。開館日も週4日、登録博物館としての条件を満たすための開館日数ではなかったかと思う。したがってそれほど年間の来場者としては多くないと思われる。

前川委員長
非常にコレクター的な運営。好きな人だけ来れば良いという感じがする。例えば船橋市にこういうものを飾る施設はあるのか。

事務局
ない。

谷口委員
例えば、お金がかかるが運動公園内に建物を建てて、そこに博物館的なものを作るとか。

事務局
この話が来た時に、私達もやはり運動公園等のスポーツ施設の近くに持って行くのが良いのではという考えは浮かんだが、それは話として全く進めていない。

谷口委員
今の状態では、これから作る船橋市美術館を本館として、こちらの吉沢野球博物館を別館的なものとするとしても、全く別の物であるため成り立たないのではないか。船橋市がスポーツ振興に力を入れているのであれば、博物館の2階もスポーツ関係の色々な資料を展示すればどうか。各高校や市立船橋で持っているものや、船橋自体がいろんなものを持っているのではないかという気がするが。

事務局
こちらはスポーツに特化させるということか。

谷口委員
特化したほうが良いのではないかと思う。野球の資料は思いの他面白く、興味深いものだった。船橋市がもらえるのであれば活用方法はいくらでもあるのではないか。それについて我々は考えないが、他の部署で何かしら考えられないか。

山田委員
船橋市の博物館・歴史資料館的なものの状況はどうか。

事務局
博物館として郷土資料館と、縄文に特化している飛ノ台史跡公園博物館との2館がある。

山田委員
例えば分館的な形にするにしても、むしろそちらの方がまだフィットするのでは。

事務局
博物館のくくりで。
 
山田委員
そちらで近代パートの非常に特別な、全体が大きな展示物のような形として。

前川委員長
郷土資料館は薬円台公園の中にある。そこにスポーツ資料というのは合いそうな気がする。

山田委員
そういうところの中でスポーツ資料を展示して、今挙がった他のものと合せるなど。個人的には、船橋サーキットの歴史も残して欲しい。美術の話ではなくなってしまうが、そのような形が良いのかなと思う。

前川委員長
では2番目の議題に入る。今日は残念ながらよく見られなかったが、美術資料についての感想を。

谷口委員
面白かったが地味である。古文書、掛け軸、美術品いずれもかなりのものであると思う。残念ながらルノワールと東山魁夷、梅原龍三郎が見られなかったが、その3点だけであの2階は人が呼べると思う。

倉本委員
コレクターが集めたものだという印象くらいでなんとも言えない。

柴田委員
理事長が2階に併設することを決めてからコレクションをはじめた印象。点数も少なく色々な時代・ジャンルに渡っている。コレクターとはいっても、さきほどの野球の逆である。決められた予算があるから何点買える、何を買おうかと集めたものだと思う。清川記念館の収集品と絡めても、あれだけで大々的に人を集めるというのは無理だと思う。清川美術館も駅から近いが、あれを売り物にして人を集めるというのも難しいだろう。今の生活の中でほっとするような空間を作って、それを提供するというようなやり方は考えられる。

山田委員
作品については皆さんと同様の意見。他は特になし。

島津委員
確認になるが、台帳上27点の美術品のうち、東山魁夷の1点は寄贈品から除外するかもしれないという話があったように思う。寄贈いただく、いただかないという点はまだ確定していない話なのか。感想については特にない。

事務局
27点のリストは内々でいただいている。しかし市への正式な寄贈品リストという形ではいただいていない。財団の理事会で、財団を清算した後は土地・建物・収蔵物を市に寄贈するということを確定させた、というところである。したがって、それが今後あちらの事情で動くことがあっても、現段階で市側としては何の約束もしているわけではない。

谷口委員
博物館側では今年度3月末までに整理をすると聞いたが。

事務局
今年度いっぱいで休館する。26年度の1年をかけて整理をして清算手続きに入る。大枠は市に寄贈する予定となっているが、細かいところは何も詰められていない。

前川委員長
これはどこの美術館でもやることだが、美術館に来るまでの、作品が歩いてきた経路をしっかりと把握しておかないといけない。受け入れるということになれば、いつ、誰から、どういう経路で、どうお求めになったか、1点1点全部専門家に評価してもらった方がいい。作品の保存状態が良くないものもある。修理するだけで相当なお金がかかる。そういった付加的な経費も考慮するべき。27点程度なのだからしっかりとデータを取ったほうが良い。

島津委員
質問だが、1階の野球コレクションと併せて2階のコレクションも寄贈いただかないという選択はあり得るか。

事務局
かなり難しい選択である。

島津委員
どちらかは必ず受け入れると言うことか。

事務局
そうである。

島津委員
コレクションを受け入れる際に、これは要る、これは要らないということができるのか。

前川委員長
寄付の中からこれは要ります、要りませんというのは難しいと思う。

山田委員
理屈の上では言える。

谷口委員
くれるという物はもらっておけば良い。

前川委員長
あの建物はバリアフリーという面だけで考えても使いにくい。階段が非常に急である。

山田委員
まず入り口にスロープをつけなくてはいけない。2階の空間は倉庫としては使えるのではないか。

前川委員長
倉庫にする手はあると思う。ただし重量的にどれだけもつのかという問題はある。建物の活用方法で何かご意見は。

倉本委員
難しい。この地域の中で他に文化施設的なものがあれば繋がっていくとは思う。資料館として単独であるというのは活性化しにくい。利用者が増えないという推測が立つ。本当にいただくべきかどうかという議論になってしまう。活用の方法があるとすれば、何か別の、町作り等と一緒にして考えていかなければ、活気が出てこないだろう。

前川委員長
船橋の一番端であり、市川と隣接している。市川と何かコラボレーションするといった可能性はあるか。例えば、東山魁夷記念館との流れの中に位置づけるなど。行政ごとにばらばらでやっていたのでは、あの場所は厳しい。あとはこの公民館を何か活用する。

倉本委員
この辺りはまちづくりの推進化のようなものは活発なのか。

事務局
周辺の市川側はとても活発。比較するとこの近辺はそこまで至っていないと思われる。

倉本委員
船橋市自体のまちづくり等に対する積極性はどうか。地域によって違うのか。

事務局
特別何とも言えない。

前川委員長
何か市としてのアイデアはあるか。例えば、中山法華経寺の流れの中でこう位置づけていきたい、といったようなものはないのか。

事務局
特に具体的なものはない。市川市の法華経寺界隈にある商店会等のネットワークの中に野球博物館も含まれており、毎年やっているお祭りの中でスタンプラリーなどにも組み込まれたりしている。市川市側のそういった流れはある。

谷口委員
法華経寺自体は市川市か。

事務局
そうである。

前川委員長
あの建物を美術館にするのは難しいと感じる。1階だけを見ても、内部に出っ張りがあるなど非常に展示のしにくい構造である。あのまま建物を美術館に転用できるかもしれないと期待して来たが無理がある。更にあの2階も使うとなると余計に大変。もし2階を何かに使うとしても、封鎖して倉庫なり事務所なりに変えた方が良い。

山田委員
何を考えたらいいかわからない。

前川委員長
今後の話の中で、「それなら吉澤が良いのではないか」という話になる可能性もある。流れの中で、またあの建物・資料の使い方をもう一度考えていきたい。今日はまとまりのない会議になってしまったが、以上で第2回の検討委員会を終了とする。

事務局
どうもありがとうございました。
 

 9 資料・特記事項

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