お祝いメッセージ~80周年に寄せて~
森沢明夫さん(小説家)
MESSAGE
「追憶と進化の街」
祖父の代から船橋に住みはじめて、いま三代目ですので、ぼくは生っ粋の「ふなばしっ子」です。最寄駅は西船橋で、葛飾小学校・葛飾中学校(バスケットボール部)のOBです。
ぼくが小学生だった頃の風景には、まだ昭和らしい味わいがたっぷり残されていました。木製の電柱が林立していましたし、京成電鉄の線路の柵には枕木が使われていました。国鉄(現JR)の南側は田んぼだらけで、生き物が好きだったぼくは、たも網とバケツを手にして、よくオタマジャクシやザリガニ、ヤゴなどを獲りに通ったものです。徒歩圏内には三ヶ所の駄菓子屋があったので、それらの店をはしごして小遣いを散財し、野池では釣りをし、空き地を見つければ草野球をしたり秘密基地を作ったりして遊んだものです。まだクヌギの木もあちこちに生えていて、ぼくらはカブトムシやクワガタを獲るための「秘密の樹」をそれぞれ持っていました。
放課後、仲間たちと全力で遊んでいると、時間はあっという間に過ぎていきました。そして、淋しい夕日に背中を押されながら帰宅するとき、ふと、どこかの家の夕餉のいい匂いが漂ってきて……。
いやあ、思い出すと、懐かしさで胸がキュンとなります。この感覚は、ぼくにとって船橋という街が純然たる「ふるさと」であるという証拠なのでしょうね。
あれから四十年ほどの年月が流れ、野球帽をかぶったいたずら少年は小説家になりました。船橋の街並みも風景がガラリと様変わりしましたが、しかし、その変化も含めてぼくはこの地元をとても愛しています。願わくは、八〇周年を契機に、ふたたび子供達が屋外を駈けずり回りながら自然と触れ合って遊べるような街へと「進化」していくことを望みます。そして、そんな未来の子供達の笑顔を眺めつつ、「あの頃の船橋」を舞台に、懐かしい小説かエッセイを書けたなら、ぼくはきっとしみじみ幸せなのだろうな、と思うのです。
PROFILE
昭和44(1969)年生まれ。早稲田大学卒業。日韓でベストセラーとなった『虹の岬の喫茶店』をはじめ、『夏美のホタル』『津軽百年食堂』『ライアの祈り』『癒し屋キリコの約束』『あなたへ』など、映画やドラマでも話題となったヒット作が多い。船橋を舞台とした小説『きらきら眼鏡』の映画化も決定している。
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